< 蒼と黄 > 黄布党のいる村が襲われ、偶然居合わせた左近らがそれを撃退した。 過去の縁からも張角は左近との協力を了承し、遠呂智復活阻止のため、 武田、上杉を頼る方針を固めた。 黄忠、関平、宮本武蔵……名だたる武将がそろっているが、兵士の数は十分ではない。 武田、上杉には強力な騎馬隊、鉄砲隊が存在するし、いずれ劣らぬ歴戦の将が揃っている。 君主らの知略は言うに及ばない。 まずは軍略で師と仰ぐ武田の協力を得ようと、 彼らはその領土へむかうことにした。 そんな行軍の途中。 「張角さん、ちょっといいですかね?」 のんびりしてはいられないが、人数も多いため、行軍の速度ははやくない。 食事の前後の休憩時間は、めいめい好きに過ごしている。 武人たちは稽古をつけたり、民兵に混じって騒いだり。 その中にあって張角らは、黄巾の民たちと共にあった。 この混沌とした世では、蒼天も黄天もへったくれもない。 そう判断し過度な説教はしなくなっていたが、それでも他の者とは一線を画している。 しかし、主義が少々違うだけで、他の者と諍いを起こすこともなく。 歴史に聞く暴徒の印象とはかけ離れており、戦国の英雄たちは内心驚いたものだった。 その中でも最も異彩を放つのは、やはり彼らをまとめる張角そのひと。 しかし、左近らとの間に奇妙な友情が芽生えていたのも事実だった。 ある意味、時代が違うということが、張角に妙な猜疑心を生ませぬのだろう。 張角はその道術を、彼の頼みとあらば快く披露し、行軍を円滑に進める手助けをしてくれている。 「なんじゃ、左近。何かあったのか?」 口調こそ偉そうで、二言目には黄天と叫ぶが、 きちんと会話をすればそれなりに通じる。 仙術の一端を得ているだけあり、一方面に関しての知識もすさまじいものがある。 それは、千年の時の隔たりを感じさせないほどで。 そのあたりを知っている左近は、飄々とした表情で張角の隣にすわった。 「いえね、俺のいた世界では、貴方たちのことは書物でしか知らないんで…… 実際に聞いてみようと思いましてね」 その書物も、後世手が加えられたりしており、事実とは言いきれない。 残されるのは、勝者の理屈だけ。 遠呂智がいたころは、仲間を人質にとられたり、生死不明だったりと、そんな話をしている余裕はなかった。 だが今は、不安要素は尽きないが、それでも談話する暇はある。 「成程、確かに得難い機会ではあるな」 納得し、先を目で問うてくる。 左近は上空を見上げ、それから黄布の頭領を改めて見やる。 「黄天ってのは、どういうものなんです?」 普通の空の色は、青い。 この世界の空は時に赤くもなるが、それでも通常は蒼い色をしている。 張角が反乱を起こした時代は中枢部が荒れていた。 だからこそ今の空の色では世は正しくならないと、黄天を掲げ、黄色い布を旗印にした。 そこまではわかるのだが、どこからその「黄」という色が出たのか。 いくつかの書物を紐解いたが、これぞというものはなかった。 「五行説に依るという話も読みましたが、 なんとなくしっくりこないんですよね……」 疑問に思うのなら、訪ねればいい。 もとの時代ではできないことだが、今ならばそれが容易に叶う。 彼の知的好奇心を満足させるには、またとない機会だった。 「汝は砂漠を見たことはあるか?」 やがての言葉は、まったく意外なものだった。 驚きに少し目を見張ったが、すぐに返答する。 「いや、無いですね」 もといた国には、そんなものはない。 書物で読んだことはあるが、実際に見たのは、ここに飛ばされてはじめてのことだ。 ふむ、とひとつ頷き、 「では、少し目を瞑るが良い」 張角は杖を手にとり、それを左近に近づける。 おとなしく目を閉じたその額に、杖がふれた。 奇妙な冷たさを持ったそれは、張角の滔々たる言葉とともに柔らかな温度を持っていく。 その時、彼の脳裏に一面の砂漠があらわれた。 頭の中いっぱいに鮮明に広がる景色に、思わずうなり声をあげる。 道術の腕がたしかなことは知っていたが、その力を再度認識するほど、それは生々しいものだった。 この世界で見る、どこか歪んだそれではない。 照りつける太陽と、どこまでも……視界の端を見渡しても、それ以外はなにもない。 ただひたすら、一面に、緩急の曲線を描いた砂の山が続いている。 さくり、と、軽い砂を踏む音と感覚にまた驚く。 足の沈む感覚は沼地とも違う。 肌に感じる小さな砂粒が混じった乾いた風は、快いとは言えないが、やはり珍しくて。 光に照らされ反射する世界は、黄色一色で。 青いはずの空も、まるで黄色い――― 「……どうかの?」 ふっと感覚が消え、視界は闇にもどる。 我に返った左近は大慌てで目を開き、きょろきょろとあたりを見渡した。 「今のは……」 軍師らしくもなく、狼狽を表に出す。 そんな左近に、張角はくるりと杖をまわしてもとの位置におさめた。 「黄天であったろう? 狭い宮殿に閉じこもるから、視野は狭まり、暴虐がはじまるのだ。 荒涼たる黄天のもとであれば、人々は協力せねば生きてはゆけぬ」 たしかに、あの地では互いに手だすけせねば、自然の前に勝てはしない。 書物によれば昼は暑いが、夜になれば驚くほど温度が下がるという。 得られる食物も水も少なく、目印がなければたやすく迷う。 そんな場所で争っていては、共倒れになるだけだろう。 己が今まで戦っていた地とは、あまりにも規模が違いすぎる。 広いと思っていた広野さえ、彼らにしてみれば指の先程度のものなのだ。 その大きさに、左近は覚えず唸った。 「この天には禍々しい気が満ちておる。 まずはそれを祓わねばな」 「……それは同感です」 頷きを返し、思考を切りかえる。 今必要なのは、魔王の再臨を阻止すること。 自分が今までいた場所を思うことではない。 歴史のとおりならば。 張角は志を遂げることはできない。 後世でも暴徒とされるように、選択は決して賢いものではなかった。 だが今は、こうして会話をしている。 同じ目標にむかって進んでいる。 悪くないと、思う自分に驚きながらも、それは快いものだった。 > 妙に仲良しになっている左近と張角。 > 再臨一章から端を発してこんな感じになりました。 > 我ながらマイナーだなぁと思いますが、書いててとても楽しかったです(笑 > 蒼天〜のくだりは今でも不明だそうで、本来の意味はどういったものなのでしょう。 > 参考サイト→「蒼天已死」補論 その4 太平道の真意は?(三国志博物館集解) |