< ひととき >


 こんなに酒を飲んだのは、はじめてだった。

 どうしてそんなに杯が進んだかといえば、男にからかわれたのが最初だった、記憶がある。
 むきになって注がれる液体を空にして、止まらなくて。
 まずいと認識した時にはかなり手遅れだったが、無様なすがたはさらしたくなかった。
 どうにか立ちあがって、人前でだけはまっすぐ歩いて。
 廊下をふらふら進んでいたら、なぜか追いかけてきた男に腕をとられた。
 ひとけのない部屋に連れこまれて、悪かったとあやまられて。
 横になっていろと言われて、なんだかもう歩けないからそのとおりにころがった。

 ふわふわ、ゆらゆら。
 すこし気持ち悪いけれど、浮遊感はおもしろい。

「それにしても飲み過ぎだぞお嬢……ほれ」

 頭が持ちあげられる。枕ではないかたい感触はたぶん膝。
 それから、ひや、額に冷たい感触。
 水に浸された手布らしいとぼんやり思う。

「きもち、いい」

 ひんやりした感触にうつろに呟く。
 滴る滴をぺろりと舐めたら、それはなまぬるくて。思わず眉をしかめた。

「ああ、水はこっちだ」

 さしだされた手。受けとろうとしたが力がはいらず、結局飲ませてもらうことになった。
 つめたいとはいえなかったけれど、ある程度は胸にたまった熱をおちつけてくれる。
 それから、そばにある男の大きな手に頬を寄せてみた。
 あたたかさは、不快ではなかった。

「こら、お嬢」

 困惑した声が降ってくる。ふだん聞いたことがない調子が愉快で、くすくす笑った。
 ぽんぽん、とあやすように頭をなでられて。
 そのままゆるゆると髪を梳かれる、とたんに眠気がおそってきた。
 だから手を止めようと、ぎゅうっとにぎって。
 顔を上げて見つめようとしたけれど、視界は暗くておぼろで、わけがわからない。

「ずるい」

 言葉をかざることもせず、こどものように口を尖らせた。
 空気がふるえる、喉の奥で笑う声だろう。

「わたしばっかり、追いかけて。おまえはいつも余裕で」
「それは……儂はお嬢と倍も歳が違うのだし」
「そんなの、わたしのせいじゃない」

 理不尽だな、とぼやく声。
 ならば儂のせいでもなかろうと、そんなのは聞こえない。
 だから今こうしていられるのだけれど。

「つかまえた、から……今夜は、このまま」

 ろくに意味をなさない単語の羅列。
 そこまでで力尽きて。
 男の膝に頭を落ちつけて、すとんと落ちた。


 それはお嬢の考え違いだと、闇のはざまにとどいた気がした。





> 酔っ払いが書きたかった、というよりは、
> タガが外れるぎんちゃんが書きたくて。
> こうでもしないと無理そうですし。
> 酔っ払いには手を出さないのがおっさんの正義。
> 逆サイドを見たいという声があればそちらも書きます、蛇足になりそうですが。
> 漢字がすくないのは意図的です、たまにはこういう書きかたもありかなと。
> どちらのほうがいいかは、延々模索中ですが。(2011.05.08)