< 傷痕 >
ふと視線が気になり相手を正面から見ると、えらく真剣なまなざしとぶつかった。
穴の空くほど見つめられることはそうそうないので、はて、なにか顔にあるかと首をかしげる。
さっきかぶった水が残っているかもしれないが、それくらいなら言えばいいだけのことだ。
軽く頭をふってみるが、別段なにか落ちるわけもなく。
それでも彼女は無言のままこちらを注視していた。
いつもまっすぐで曲げられないその瞳は、時にむず痒い。
長く生きていればきれいごとだけではいられない。
それを悔いてはいないが、実直な瞳に居心地が悪い思いをするくらいの感情は残っている。
だから空咳をして、
「お嬢、儂の顔に何かついているか?」
問いかけることにした。
言葉にァ千代ははたと目線を外し、いいや、と固い声で否定する。
では一体なにを見ていたのか、重ねて訊ねる前にあちらが口を開いた。
「その傷は、いつのものだ?」
「……傷?」
男の身体にはいくつもの傷がある。
多くの戦場を駆けてきたのだから当然のことだが。
しかし、表に見えるものはそう多くはない。
どこのことかと考えて……先ほどの目線から答を導きだす。
「ああ、右目のか。……随分昔の話だな」
咄嗟に何年前、と出てこないほどの。
ついと触れても痛みはない。
大きく見える傷だし、場所柄人目につくのは当たり前だろう。
だが、うずくことも滅多にないので、忘れていることのほうが多い。
正解だったようで、ァ千代が小さくうなずいた。
「見えにくいことはないのか?」
一定の距離を保ったままの問い。
その隙間が、彼女と己の立ち位置をひどく鮮明に写しだすようだった。
それがなければ手を伸ばしてふれてきそうな雰囲気だと言うのに。
「ああ、平素何ら支障は無い」
それは男の立ち居振る舞いを、戦場での立ち回りを見れば、誰しも納得するだろう。
彼女もそうだったようで、それ以上追求する気はなくしたらしい。
だが、いわく言い難い表情でなお自分を見つめてくる。
そこに微塵も色気がないことに、若い娘なのにと思わなくもない。
「弊害がないならいいが、今後そんな傷をつけるなよ」
やがての命令に、目を瞬かせる。
傲然と言い放たれた内容に、どこをどう繋げばそうなるのかわからず反応できなかった。
彼女は早口でさらに続ける。
「貴様を倒すのはこの私だ。
だからそれまで余計な怪我を負うことなど、許さない。……いいな」
一方的にまくしたてると、用はすんだとばかりに踵を返す。
状況についていけなかった彼は、それを見送る結果になってしまった。
反応の鈍さは年のせいかとちらりと思ったが、いやそうではないと自己否定する。
何度か頭の中で先刻の科白を反芻しているうち、自然唇は笑みの形になった。
まったく、あのお嬢は無意識にとんでもないことを言う。
それはまるで、己は彼女のものだと、言外に宣言されたようではないか。
他の男が聞いたら、その意味に色めき立つに違いない。
彼女自身にその意図はまったくないことは、彼にはよくわかっているが。
「人を選んで言わんと……」
彼の父が生きていたら血相を変えたに違いない。
だが一方、あんな科白を聞けるのは己だけだと識っている。
余人に告げることなどないと、確信している。
それでも心配するのは己の年齢ゆえか、雷帝を知る者だからか。
どちらにせよ、笑いの衝動が深くなる。
いつかその深読みするとこうなるぞとからかう日を楽しみに、
今は彼女の言うとおり、せいぜい傷を増やさぬようにするかと思ったが、
「……しかし怪我をしたらしたで、文句を言いつつ見舞いに来るかもしれんがな」
怒りながらも手厚くする様子が簡単に想像できてしまった。
それはそれで、知られたら怒髪天だろうが面白い。
くつくつと止まらない笑みをこぼしながら、彼はしばらくその愉快な想像に身をまかせることにした。
> ふと思いついたネタ。
> こういうのが思いつく間はまだまだしまぎん書けるな、と思います。
> ぎんちゃんはもう少し危機感を持つべきだと思います。
> ゲーム中では秀吉をスルーしていましたが、あれって気づいてないからですよね……(2010.05.23)