< 髪挿し >


 毎日の鍛練は、彼らにとって欠かすことのできないもの。
 戦と博打をこよなく好む彼にとっては、武器をふるわぬ日はないと断じてもいいほど。
 今日もいつもどおり練兵場へむかった義弘は、名を呼ばれ渡された武器に目を瞬かせた。

 それは少し長めの両刃の刀だった。
 よく研がれており、刃の輝きも美しい。名うての刀鍛治によるものだろう。

 だがどんな名刀でも、これは己の得物ではない。
 みずからのそれはちゃんと持ってきている。
 口を開きかけたが、それより先に渡してきたほうが喋りだす。

「聞いたが、剣の腕もなかなかだそうだな」

 ァ千代は片手にいつもの雷を切るとも操るとも言われる刀を携えていた。
 誰が漏らしたのかと考え、甥あたりかとひっそり嘆息する。

「勿論一通りはな、だが、得意とは言えぬ」

 力のある己は、切ることを目的としたものより、叩き潰す槌のほうが使いやすい。
 そのため、長じてからはもっぱら打撃武器を手にしていた。
 細い刀はどうにも心許なく、重量のあるもののほうがしっくりくる。
 武士として最低限使えねばならぬということで時折扱うが、自身の評価はとても低い。
 義弘の感覚からすると、それを得手ものにしている彼女と渡り合うのはいかがなものかと思った。

「たまには打ちあわねば腕も鈍るだろう」

 しかし彼女は一向に引く気配がない。
 義弘が刀を手にするまで動かないつもりにも見えた。
 一体どれだけ誇張して伝えられたのか、それとも単純に同じ武器で手合わせをしたくなったのか。
 子細はわからないがはっきりしているのは、言いくるめることは不可能であろうこと。

「……お嬢からすれば児戯かもしれんぞ」

 やれやれとぼやくと、刀を手にとった。
 弱気な発言は珍しく、それだけ苦手としているのだろと周囲は判断した。
 それを押しとおすァ千代の無謀さを、しかし誰も止めようとはせず、むしろ楽しんでいるようだった。
 開けた場所に二人が進み出ると、珍しい武器での立ちまわりを見るべく、他の者は見物にまわる。

 一定の距離をとって、どちらともなく刀を前に出す。
 自信がないといえども武器には違いない。
 男の構えに隙はなく、光を受けた刃先が眩しく輝いた。

 開始の合図とともに、ァ千代が切りこんでくる。
 身軽さを生かしてのすばやい動きの一撃を、しかし予測していたのだろう、男は刀で受けとめた。
 ぎ、という鈍い音が軋む。
 力で競り負けるとはわかっているので、ァ千代はすぐさま刀を返し、距離を開けようと後ろへ下がる。
 義弘はと言えば追う様子を見せず、刀を構え直しただけだった。
 防戦を決めたらしいと知ると、彼女は不服げに眉を寄せる。

 練習とはいえ、本気を出さねば意味がない。
 無理を通した自覚はあるが、受けたからにはきちんと仕合ってほしい。
 刀も扱えると聞いた時、どんなふうに戦うのか、心底から見たくなったのだから。

「それなら……」

 一度退いてから弾みをつけて、今度は立て続けに攻め立てる。
 間断なく刀のぶつかる甲高い音が響いた。
 まったく容赦のない攻撃は、通常であれば守るばかりになる。
 だが、これだけの熱意をむけられて、生来の戦好きがおとなしくしてもいられるわけはない。
 何度目かに打ちこまれた時、返す刀で力にものをいわせて押し返した。
 そこが敵わないことを知っている彼女は、すぐさま横に流れた。
 追いかけてくる刃先を見て、愉しそうに笑う。
 再び鍔ぜり合いがはじまったが、平素より軽いその武器に、どうしても調子が狂う。
 いつものように振りおろしかけて、これは違うと本能の叫びに指先が力をたしかめる。
 しかし熱中すればその差異も調節できなくなり――

「……っ!」

 長い刀がァ千代の左腕をかすった。
 見る間に敗れた着物から血が滲む。
 切っ先を引いた義弘はすぐさま刀を放り投げ、ざくりと刀身は土に刺さる。

「すまん、手先が狂った」

 降参だと両手をあげる彼に、ァ千代は不思議そうな顔をする。
 まっすぐに男を見つめ、切れた服には見向きもしない。

「訓練中の怪我など当たり前だろう」

 相手が武器を手放したので、自分も鞘におさめてからきっぱりと言う。
 そこに非難の様子は微塵もない。
 わざとであれば勿論問題があるが、そうでないことがわかるからだろう。
 むしろ戦闘放棄をされて不満げですらあった。

「たいした傷でもない」

 なにをそんなに気にするのかと、言葉でなく目が雄弁に語る。
 興奮状態と相まって、ほとんど痛みは感じていないらしい。
 研ぎの状態からして綺麗に切れているだろうから、傷が残ることはないだろうが……

「傷の大きさは問題ではない」

 渋面の男の様子がわかりかねてなおも問答を続けようとした彼女だが、
 近くにいた者が機転を効かせて手当を言い渡したらしく、小姓が駆け寄ってきた。
 早く治療をと急かされ無碍にもできず、そのため会話はそこで打ち切りになった。

 治療となれば己の出る幕はない。
 言づてをして一度館にもどった義弘は、広間に置かれた数々の品に出迎えられた。
 なんだこれはと呟きかけて、郷里から送られた献上品だと遅れて気づく。
 唐物の菓子や、舶来の小物、地方の産物と、目にも鮮やかな色と形の洪水。
 家臣とそれらを確認していた甥が、山と積まれた荷から顔を覗かせた。

「お帰りなさい、叔父上」

 片手をあげていらえにすると、甥は目録を手にしたまま側にやってくる。
 面倒だと思いつつも、普段は見られない品が多いからだろう、顔は好奇心に輝いていた。

「色々なものがありますよ、どれを献上しましょうか」

 中には秀吉から頼まれたものもある。
 それらにいくつか色をつけて、後日とどける予定になっている。
 あまり遅くなって不興をかうわけにもいかないので、彼も作業に加わっているのだろう。
 なんの気なく目録を受けとると、前後して甥は部下に呼ばれ積み荷のほうへむかった。
 ぱらぱらと手繰る指先が、ふとひとつの文字で止まる。
 何度か読み返すと、男は甥の名を呼んだ。

「お嬢」

 手当を終えたらしい彼女は、刀を手に素振りをしていた。
 じっとしている気は毛頭ないらしい。
 着物に覆われているので、怪我の具合はよくわからない。
 問うたところでたいしたことはないと素気なく返されるだろう。
 声より気配でわかっていたのか、呼びかけと同時にふり返る。

「なにか用か?」

 そこにあるのは仇敵に対するいつもの態度だけに見えた。
 その切り替えにはほとほと感心する。
 相手が誰であろうと、真剣を用いての勝負での負傷は、己の過失。
 敵わない悔しさはあれど、傷を負わせたことへの悪感情はまったくないらしい。
 しかし彼女になくてもこちらにはある。
 他の相手であれば見事と思い、酒に誘えばいいだけだが、ァ千代相手にそれをする気はない。

「見舞いだ」

 言葉少なく言うと、小さな木箱を手渡した。
 本朱子の布に丁寧に包まれたそれは、一見しただけでは中身がわからない。
 ァ千代の手の中でかすかに転がる音が響く。
 軽さに目を瞬きつつ、不思議そうに目の前の男と手のものを交互に見る。

「別に気にしていないと言った。だからこんなものをもらうわけには……」
「郷里から荷がとどいてな」

 つき返そうとする動きを阻むように声を発する。
 珍しく言葉すら遮ったことに気づき、しまったなと胸中で舌打ちしたが、
 けれど口調はあくまでさりげなく、本当に気が咎めているかわからない様子を装う。

「この前の衣装に似合うと思ってくすねてきた」

 ……ぱく、と音にならない息が漏れた。
「先の衣装」とは、秀吉から贈られた美しい着物とその小物一式。
 ちょっとした事情から、ァ千代は義弘にそれらを見せている。
 言葉を聞いて、彼女の目の色が変化した。
 この男が選んだものがどんな品か、興味がわいたらしい、

「くすねたとは表現が悪い……」

 お前は当主なのだから問題なかろうと呟きつつ、蓋に手をかけた。
 男は止めようとしなかったので、そのまま開く。

 中には華奢なつくりの簪がひとつ。
 橘の葉と花が繊細な職人技で絡まっている。
 覚えず感嘆の息をつき、目の高さに持ちあげてしげしげ見つめた。
 昼過ぎの光に照らされて、きらきら輝き、小さな葉がちりちりと音を立てる。

「気にいったか?」

 男の声に我に反り、箱に簪をもどす。
 そういえばまだこの男がいたのだった、と少し照れた様子に、そっと笑みをこぼした。

「素晴らしい品だが……」

 本当にもらっていいのかと、とまどいがちにこちらを見る。
 贈られ慣れていない様子はひどく少女めいて。
 父親からも男のように育てられていたから、きっとこういうこともなかったのだろう。
 無防備な様子を見ると、年長者としての心配と、
 男としての心情が顔を覗かせて、不用意な表情を簡単に見せるなと説教したくもなる。

「郷里からということは、献上品ではないのか?」

 現当主である男には妻がいない。
 ゆえに装飾品の類は献上品と考えたのだろう。
 ……通う女だのという言葉が出てこないのは、本気で失念しているのかなんなのか。

「問題があるものを贈りはせん、心配するな」

 鷹揚に手をふって、困りはしないと断言する。
 まだ迷う様子に、しかたないと息をついて、もう一押し。

「おねね様もお喜びになるだろう」

 男に衣装を見せたあと、彼女は男の本音など知らず、ねねに礼を言いに行った。
 それは本人に聞いていたし、翌日の秀吉の様子からも間違いはない。
 着飾る姿を楽しみにしていると仰っていた、との科白を、彼はちゃんと憶えている。
 効果はてきめんだったようで、では……と丁寧に箱にもどし、懐にしまった。
 それから義弘のほうをむき、とまどいがちに口を開く。

「……礼を言う」
「なに、気にするな」

 感謝ひとつ口にするのにこの様子なのだから、困ったもので。
 仇敵に対する感情はあれど、礼を尽くさぬのも許せぬまっすぐな性格。
 それを愛らしいなどと漏らせば、木箱を突き返されるだけなので黙っておく。

「次の宴を楽しみにしているぞ」

 わざとからかうように言い添えて、その場を去った。
 長居をしては時機を逃してしまう。
 真剣にしすぎては距離をとられてしまう。
 少し茶化して怒られる程度が、今はまだちょうどいい。

 あの鈍いお嬢のことだから、いまだに太閤の思惑には気づいていないだろう。
 たとえ周囲が勘づいても、口を閉ざすに違いない。
 告げていいことはなにもない、むしろ面倒が起きる確立が高いだけだ。

 たしかに秀吉の見立ては良いものだった。
 あれを着た彼女は美しいことだろう。

 だが、上から下まで太閤の見立てというのは、占有されているようで面白くない。
 それゆえもあって贈ったのだと告げたら――告げる気もないのにそんなことを考える。
 秀吉はそれを見て眉をひそめるだろうが、誠実なァ千代の返答に表立って文句は言うまい。
 まして側にいるねねが褒めそやせばそれでもう終わり。
 彼女に迷惑がかかることはないだろう。
 もしもこちらになにかまわってきても、怪我の謝罪と言えばそれですむ。

 あちらも大概狡猾な猿だが、鬼の手管を甘く見てもらっては困るのだ。
 軽い気持ちと、とうに気づいている重い感情と。
 どちらが勝つかなぞ決まっている。

 義弘は喉の奥で笑うと、前祝いにしけこめそうな場所を探すことにした。





> 何ヶ月放置してたか恐ろしくて言えません。
> 携帯でちまちま途中まで打ちこんでいました。
> なので若干後半と文章が違う……かも。
> 猿と鬼の化かし合い、結果は見えていますが。
> そして梅見へ続きます……ということで。(10.03.17)