< その目で >
「お嬢の望みはなんだ?」
唐突な質問に、虚を突かれた。
長閑な昼下がり、鍛錬を終えた武将は三々五々に散っていった。
物足りなく感じた彼女は、同じく残っていた何人かと共に半刻ほど打ちあった。
それも終わり、喉の渇きを潤すべく、井戸から水を汲んでいたところ、先の質問。
相手が仇敵だと、気配からすでにわかっていたので、
急いで水を飲むとぐるんと勢いよく相手のほうへむき直った。
すでに平服に着替えた男は、慣れた得物も持っていない。
どこか違和感を覚えながらも、唇は自然と返答をかたちづくる。
「それは勿論、」
「儂を討つこと、か?」
最後まで言わせず口を挟まれた。
からかうようなことを言ったとしても、
途中で割りこむような無礼は働かなかったと、今さら気づき違和感が増した。
いつも、すべて聞きおえてから、低い声を軽く笑いに震わせて。
老境にさしかかった者らしい思慮と、まだ衰えぬ若々しい挑発。
二つが奇妙に共存した音は、無骨なくせにひどく耳に残る。
放たれる言葉はどれも理に適った正当なもので、いつも自分は負かされていた。
けれど今日は軽い調子はなりを潜め、
揶揄するよう細められているはずの眼も射抜くような強さを持っていた。
戦場で見るものとはまた違う、けれど紛うことなき真剣な色彩。
その腰になにも穿いていないことが奇妙なほど、まとう気配は鋭かった。
「それはお主の血が命じること」
淡々と放たれたそれは、今まで聞いたことのない文言。
風に流れる自身の短い髪の毛が視界を邪魔し、
それと共にどこからともなく薫るやわらかい草木のにおいがした。
だが、甘い花の香りに心を和ませる状況ではなく。
「お嬢自身はなにを望む?
立花でもない、道雪殿の娘でもない、ただのァ千代は?」
たたみかけるようで、いつもより早口だとぼんやり思う。
勘づく余裕があるのではなくて、そんなことにしか思考が追いつかない。
一体なにを考えてのことなのか皆目見当がつかず、
ただ単語を追いかけて、その内容に混乱するばかり。
ああそういえば名前を呼ばれたのもはじめてだとか、
浮かんでくるのは益体のないことばかりで。
彼女の様子を察しているのかいないのか、一定の距離を保ったまま、
「答えが出たら、いつでも仇討ちに応じよう」
突然会話を打ちきった。
二の句が継げずにいる彼女を置いて、男はさっさと立ちさってしまった。
あとに残されて、一方的すぎると怒鳴るべきだったのかと遅まきに足踏みする。
ふりむかないまま、大きな身体はあっさり視界から消えた。
まるで世界から失われた錯覚に、なぜか背筋につめたいものが流れる。
切っても切れぬ自分の血。
消すことのできない一族というしがらみ。
己だけがそれに執着しているのではない。皆同じだ。
魔王と呼ばれた織田の当主は、そんなものより個を重んじたが、彼はあくまで例外。
今でも血族が重んじられ、縁故を結ぼうと様々な手段がとられている。
父がなくば、一族がなければ、己も無いと同じこと。
雷の異名を持つ親を持ったからこそ、今の自分はここにいる。
一族の願いは自身の望みでなんら間違っているはずがない。
それなのに、即座に反論できなかった。
答えがどこにあるのかわからずに、彼女は桶の水を盛大にぶちまけた。
飛びちる飛沫はひんやりとしていたが、思考はおさまりそうになかった。
> ぎんちゃんシナリオでは、彼女は迷った感じはありません。
> でも私が書くとどうもこうなってしまう……
> 他のかたのイメージと違う気がしつつ(09.07.25)
> 蛇足的な補足ですが、ここでのぎんちゃんは、
> 一族の仇、という一言で、他のことを考えないよう逃げている感じです。
> 島津は年長者としてそれをどうにかしたいのが一点、
> 彼女自身の感情でたちむかってもらわなければ面白くないのが一点。
> 刃交える以外の愛情表現(?)がないようです(そもそも愛情なのか謎ですが)