< 嵐の夜に >
上下の区別なく酒を飲んで、上機嫌でお開きになった。
生憎の大雨は喧噪を打ち消してくれて、そういう意味では遠慮なく騒げた。
嵐の日もいいかもしれんと、そんなことを思いながら渡り廊を歩いていた。
庭を見れば暴風に木々は悲鳴のようにきしみ、幹をしならせている。
美しく敷き詰められた玉砂利も、波紋の影も形もない。
明日には庭師が大変だろうと他人事に思っていたその顔が、一瞬にして切り替わる。
目線の先、大雨に打たれているのは。
視認した途端、歴戦の鬼には似つかわしくなく肝を冷やした。
巨体に似合わぬ俊敏な動きで庭に降りると、痛いほどの雨が身を叩いた。
それに頓着することなくまっすぐに「彼女」のもとへ走る。
ばしゃばしゃと生じた音に、ぼんやりと顔が動いた。
近づいてみて、その状態に言葉を失いかける。
いつからそうしているのか、ずぶ濡れなどという生易しいものではなくて。
「何を莫迦な真似を!」
風に消されぬ大音量で叱責するように叫んだ。
ぐいと手を引き、近くの東屋に引きずりこむ。
屋根があっても吹きこんでくるため大差ないが、そこは己の身を盾にすることで雨避けにする。
やれやれとつかんだ手を弱めれば、華奢な身体は外へ出ようと動きだす。
声もなく、幼子のように身体をばたつかせる彼女に慌て、強引に抱きとめた。
濡れた身体は、そうしていても少しも温まらない。
どれだけたったか、ようやく抵抗がやみ、その目には光がもどっていた。
話が通じそうだと判じ、言葉にせずじっと彼女を見つめて問いにする。
「……頭を、冷やそうと思って」
ぽつんと落ちた言葉に、流石に呆れを隠せない。
こんな冷たい雨では、風邪を引く程度で済むかは疑わしい。
ましていつ何時、欠けた瓦だのが飛んでこないともかぎらない。
頭どころか下手をすれば命の灯火さえ消えてしまいそうで、慄然とする。
抱きしめた身体は依然氷のように冷たい。
自分ももう濡れているので、今さら離れても無駄だろうとあきらめることにした。
「とりあえず部屋へ送ろう、着替えねばな」
なるべく優しく声をかけて手を引いたが、逆の方向にひっぱられる。
いい加減にしろと思わず声を荒げそうになったが、
「どうして」
うつむいていた顔が上がり、その表情に言葉を奪われる。
雨以外の雫が、あるような気がした。
それはきっと気のせいではなくて。
「どうしていつも、私を見つけるのはお前なんだ……?」
低く、小さな、かすれた声。
弱々しいほどの中に、それでも感じる、滲んだ慟哭の響き。
押し殺した息苦しいほどの感情がこめられていることは、揺らめく瞳から察せられた。
「仇敵……なのに、お前と、戦うのは、とてもやりやすくて。
言わなくてもわかって、でもお前は一族の……」
熱に浮かされたように繰り返す、同じ言葉。
答えは誰にも出せない問い。
消化しきれないことが愚かだと言うほどには、男は彼女の心を知らぬわけではなく。
憎めばいいと炊きつけることも、彼にはもうできなくて。
こんなにも捕らわれているその感情を、簡単な文字では言い表せそうにない。
「……考えてもどうにもならんことは、考えなければいい」
低い声で耳もとに囁けば、迷うように目がとまどう。
生真面目すぎるその性質が、追いつめているのだと、きっと自分でもわかっているのだろう。
それでも変わらない、変えられない。
だから目が追いかける。だから声をかけてしまう。
ますます歪むと知りながら。ゆえに己にも罪はあるのだ。
「……今だけ、忘れればいい。
嵐になにもかも、かき消されよう」
いいわけすら閃かない彼女に、逃げ道を示す。
それが本当に必要なのが誰かと、心の中で自嘲する。
ゆらゆらと所在なげな手は、ふるえながら男の襟もとをにぎりしめた。
視線を外し、顔を伏せれば、髪の毛の先から滴が落ちる。
かがんで唇で受けとめて、甘く感じるのは錯覚か、それとも。
頬に両手を当て、少しだけ上向かせる。
顔を見られたくないと首をふる彼女をあやすようになでた。
「……望まぬなら顔は見ぬ」
こんな柔らかい声を出したのはいつぶりかと驚きながら、片手で彼女の視界を塞ぐ。
袖口をつかんで止めようとしていた手が落ちついたのを見計らい、濡れた唇を己のそれで塞いだ。
水滴を舐めとれば、慣れない感触に身が震え、空気を求めるように口が開く。
それを逃さず舌を割りいれれば、先刻よりはっきり振動が伝わる。
逃げるように動く舌を悠々と捕らえて絡めとり、合間に歯列をなぞっていく。
がくんと膝の力が抜けた細い肢体を危なげなく支えると、ゆっくり唇を解放した。
力が入らないためと、表情を見られたくないのだろう、男にもたれて息をつく。
冷たかった皮膚はいくらか熱をとりもどしていた。
だが、流石にいつまでも濡れた衣服のままではいられないし、
ここでは雨風がしのげるとも言い難い。
必死に息を整える彼女の膝裏を持ちあげると、易々と横抱きにした。
慌てて胸に顔を押しつけて隠す仕草に笑みを浮かべつつ、東屋を出て渡り廊へもどった。
この大雨で、誰も彼も戸をぴったりと閉めている。
目撃される心配は少なかったが、それでも細心の注意を払って移動した。
「……っ……」
耐えきれないといった風情で、甘い吐息が漏れた。
声を殺す余裕がまだあるとわかり、男にも存在する嗜虐心が刺激される。
見つけた弱い地点を攻めれば、こらえきれない甲高い声が風に混じった。
とろりと溢れる蜜は、なにより正直に返答を寄越す。
ほんの一片でも理性が残っていてはいけない。
それではどちらも嵐を理由にできない。
濡れた衣服はまとめて放られ、白い肌は赤みを増し、先ほどまでの冷えが嘘のよう。
火照った肌はけれど吸いつくように心地よく、戦場でついたであろう傷も美しくて。
指を動かせばしなやかにのけぞり、間違いなく自分の手によって、快楽が導かれているとわかる。
その事実が、まるで若いころのように自分を熱くさせて、苦笑しつつも止まらない。
苦痛に感じぬようにと配慮する理性を保ちつつ、荒い本性をゆっくりと晒していく。
「あ、ぅ……」
片手で顔を隠し、もう片手で口を塞ごうとするが、
与えられる刺激の波に耐えきれず、すがるなにかを探してさまよった。
その手を己の背に招いて微かに走った感触は、おそらく引っかかれたのだろう。
なにもかも、嵐のせい。
一夜明ければ、何事もなかったようにふるまうしかない。
けれどせめて、それくらいの傷は残ればいい。
見えぬ位置に赤い印をつけながら、頑是無い子供のように、思った。
> ……途中のエロ、ちゃんと書いたほうがいいでしょうか。
> おっさんがすっごい意地悪になりそうなのですが。
> とりあえず様子見ということでソフトにしてみました。(2009.05.01)