< 晴着 後日談 >


 配下の忍と打ち合わせをすませ、一息入れようと思いたつ。
 一人では退屈なので、誰か話し相手でも……と考え歩いていた時、声をかけられた。

「おねね様、少しよろしいでしょうか」
「あら、ァ千代」

 想定していなかった相手だったので、少し意外の声が出た。
 別段仲が悪いわけではないし、太閤の妻である彼女にァ千代は敬意を持って接している。
 だがねねは格式張ったものを嫌い、気さくに声をかけたりしているのだが、
 父に育てられた彼女は、それにどう反応していいかわからないらしい。

 けれど自分にとっては夫の配下、等しく子も同然で。
 なにかと構うと、慣れないせいかいちいち新鮮な反応が返ってくる。
 三成やらはもう成人してかわいげもないし、言うことも小憎らしくなってしまっているから、
 彼女の反応は、ねねに結構な楽しみを与えていた。

「ちょうど一休みで部屋に行くところだったんだよ。
 そこでお茶でもしないかい?」

 ァ千代は鍛練のあとなのだろう、胴着ではなかったが、様子から察せられた。
 ねねの誘いにはい、ときまじめにうなずく。
 先に立って部屋へもどると、侍女に二人分の茶の用意を頼んだ。
 その間、ァ千代はほとんど喋らなかった。

 今日の鍛練の様子などを聞けば、報告のような丁寧さで答えたが、用件は語ろうとしない。
 余人には言いにくいことのようだが、切羽詰まったものでもないことは、
 茶をすすめて断らなかったことからも明らかだ。

 温かい飲み物である程度ほぐれればと思いつつ、お茶受けを用意する。
 甘いものがよかろうかと、月餅にした。
 支度を終えた侍女が下がると、ァ千代はようやく口を開いた。

「その、御礼を、申し上げに」
「お礼?」

 なんのことだろうかと、反芻する。
 咄嗟に思いつくことはない。
 だがァ千代はねねの困惑などお構いなしに言葉を続けた。

「見事な意匠の着物をくださって……お気遣い、痛み入ります」

 ……着物など贈った覚えはない。

 しかし彼女はそうは言わず、すばやく頭を回転させはじめる。

「太閤どののお名前だったので、驚きましたが……」

 幸い、問わずともァ千代は説明を追加してくれる。
 たどたどしい言いかたは、高価なものをもらったことによる困惑で、
 それ以外は存在しないと判断した。
 合点がいった彼女は、しかし見た目はにっこり笑ってみせる。

「あたしの名前じゃ、遠慮されると思ったからね」

 しかし、主君からの賜りものでは、無下に断ることもできない。

「ちょっと強引だったけど、たまには綺麗な着物姿、見せておくれよ」
「はい……ありがたく使わせていただきます」

 恐縮しつつも顔は明るい。
 見る目は(多少派手好みだが)たしかな夫だから、模様も織も一流だろう。
 柄をまったく知らないとはおくびにも出さず、ねねはあくまでにこやかに言葉をそえる。

「足りないものがあったら言ってちょうだいね。
 当日の髪結いも、誰か行くように手配するから。
 ァ千代の晴れ着姿、見るのが楽しみだねぇ」

 穏やかそうなねねの様子に、ァ千代はやっと表情を崩す。
 立花家は再興しており、決して禄も少なくはない。
 その彼女が申しわけなさそうなのだから、余程高級品を一揃い贈ったのだろう。
 冷静に考えていると、

「おねね様の美しい姿も……楽しみです」

 少し頬を染めながらもそんなふうに告げてきた。
 ねねはぱっと表情を明るくし、嬉しそうにァ千代の手をにぎった。
 本当は抱きしめたいところだったが、照れるだろうからやめておく。

「やだねぇ、可愛いこと言っちゃって……」

 この分では夫の下心など、微塵も気づいていまい。
 ならば彼女に余計なことは言うべきではない。
 そう判断し、当たり障りのない話を続けつつ、今日の服装を眺めた。
 地味な一色の着物は、帯も普通の矢羽根模様で、若い女性らしくない。
 きりりとした雰囲気は彼女に合っているが、いつもこれでは華やぎがない。
 夫の贈った着物がなにかは知らないが、その点では今度の宴が楽しみだった。

 最近流行りの着物の柄や、地方の産物など……
 日ごろ女扱いを嫌がりはしてもやはり女性、聴き入る姿は年相応だった。
 おかわりのお茶を煎れて、それが冷めてしばらくしても賑やかな話は続いた。
 はたと気づいて長居をしたと詫びる彼女に笑いかけ、娘がいたらこんな感じだろうかと、
 ほほえましく思いながら見送った。

 それからすっと表情を消し、鏡台から愛用のクナイを手にとった。

「言い逃れはなしだからね、おまえさま」

 ぼそりと呟き、彼のもとへむかった。


 その後、大阪城に絶叫が響いたのは言うまでもない。





 > 後日談です。ありがち……?
 > 女性陣は少ないですから、ねねはかわいがってそうです。
 > そこには夫へのさりげなーい牽制も含んでそうですが……