< 言葉を返す >


 雷のような彼女は、その激情もそれに似ている。
 そんなふうに、男は思った。

 怨敵と言ってはばからない相手を見る時、
 彼女の全身から揺らめく炎が見える。
 見つめる瞳には、たしかな感情。

 多分それを彼女に問えば、それは憎悪と答えるだろう。

 ……けれど。

「立花」

 名を呼ぶことをあまり好まないと知っているので、敢えてそう呼ぶ。
 戦の合間なので、今の彼女は普通の着物姿だった。
 しかし貴族の娘のするような、腰に単を羽織ることはしていない。

「なんだ、元親」

 年上に対するとは思えない、ぶっきらぼうな調子。
 だが、目上にも目下にも態度を変えないことは、彼にはむしろ心地よかった。
 慣れてしまえば気にもならなくて。

「九州で、言っていたな」

 縁側に腰を下ろすと、彼女は庭先で彼を不思議そうに見る。
 どのことか咄嗟に思い当たらないらしい。

「憎悪に飲まれるな……と」
「あれは……」

 慌てて口を開いた彼女を止めるかわりに、軽く弦を爪弾いた。

「その言葉をそちらに返そう」

 目線の先、開けた場所。
 兵士の訓練に檄を飛ばす初老の男。

 彼女の視線はそこから一度も揺らがなかった。
 己が端近に寄った時も、ただの一瞥もくれず。

 声をかけてようやくこちらを見たに至り。
 ひたすらの視線は、まるで別の感情を持っているかのよう。

 今は、味方。
 けれどかつては、一族を滅ぼした敵。

 だがそれは、戦国の世ではよくあること。
 夫や妻の実家であっても、倒さねばならないことすらある。
 立花に敵対したのは島津だけではなく、いちいちあげればきりがない。

 それ以上を口にせず、彼は彼女を見つめる。
 同じように視線を合わせながらも、彼女はどこか違う場所を見ているようだった。

 やがて、眉を寄せて。

「……言われなくとも……わかっている。
 だが、あいつは……あの男だけは、駄目なんだ」

 ふるふると頭をふって、着物の裾をたぐり寄せる。
 無意識にそれをにぎりしめて、ぽつりと言葉を落としていく。
 彼は周囲に聞こえぬよう、三味線の音を小さく混ぜた。

「あいつに対してだけは、冷静になれない。
 どうしても、……どうしても、だ」

 うまい表現が出ず、もどかしそうに繰り返す。
 彼だけにそう感じるその理由は、……多分、気づいていない。
 教えたところで本人が納得せねば意味がないので、彼も黙っていることにした。

「だが、……そうだな。
 自分を棚に上げるのは、潔くない。
 以後、冷静になるよう、努力はしてみる」

 きっぱりと告げる姿は十分な清廉さがあった。
 悩んでいても、己の言動に責任を持とうとする自尊心。
 だからこそこじれてしまった、本当の胸の内。

 暇乞いを告げて立ちさる彼女を見送ると、離れた練兵場を見る。
 当然ながら、視線が合うことはない。

 出会いが悪かった。時代がまずかった。
 仮定の話は意味がない。

 だが、ほつれた糸はいつか必ず解ける。

 願わくばそれが、少しでも幸福なものであるように。
 男は胸のうちでそう願った。





 > しまぎんにはまったのですが……
 > 書くとなると非常に難しいと実感しました。
 > 憎悪と愛情が紙一重と言いますが、彼女の場合は……
 > 怨敵という土台の上に恋心が知らずできて、
 > けれどその下地ゆえに気づけず、認められず……というような。
 > そしてその状態でも島津が平然とし、戦場では思考が似ている、
 > それがまたなおさらこんぐらがらせるのではないかなぁと。
 > ……ああ、語りだすときりがない(笑