< 蛇皮線 −三成と幸村− >
「幸村、ちょっといいか?」
鍛錬を終えて武器を片づけ、歩いていたところ、ふと三成に呼びとめられた。
友人の顔を見て、なんでしょう? と愛想よく問いかける。
急ぎの用がないかと気遣う彼に、ありませんよと即座に返した。
そうか、と呟くと、彼は周囲にひとがいないことをたしかめてから、
「幸村は左近と知人なのだよな?」
いきなりのことだったが、別段問題のある質問ではなかったので、少し首をかしげた。
三成の様子は秘め事を明かすような雰囲気で、
なぜ声を小さくするのだろうかと思いつつも、こくりと頷いた。
幼いと言ってもいいくらいのころ、しばらくの間同じ土地で過ごした。
彼はもうそれなりに大人だったけれど、暇のある時は構ってもらっていた。
そんな彼に幸村は懐いて、博学な彼に色々な話をねだった覚えがある。
今はお互いの立場があるので、表ではそれを考えた態度だが、砕けた席では昔話に花が咲く。
兼続と三成も加えて、それは楽しいもので、酒も進み時間もあっという間に過ぎる。
失ったものは多く一時は自分を見失いかけた幸村だが、
それでも今前をむけるのは、彼らの存在が大きい。
「では、そのころ左近の蛇皮線を聴いたことがあるか?」
感慨にふけっていた耳に、次の質問がとどいた。
誰がくるとも知れぬ廊下だからか、いつにもまして早口だった。
一瞬過去と今が交錯し、間が空いた。
「あ、ええ、時々弾いてくださいました」
煮詰まった時は気晴らしに違うことをするべきだ、と持論を広げて。
端近にすわって、手遊びに爪弾くことがほとんどだったが、
たまに頼めばきちんとした曲を奏でることもあった。
「そうか、……大変だったな」
「は?」
思い出して微笑みかけた頬が、微妙な状態で止まる。
彼は真剣な表情で、慰めるように自分の肩に手を置いた。
浅くないつきあいなので、それがこちらを労う表情だとはすぐにわかったが、理由が見えない。
きょとんとしている幸村に、彼はしみじみ口にする。
「下手だっただろう? つきあわされて、面倒だったろう」
「……ええと……」
言葉の語句はわかるが、意味が通らなくて軽く混乱する。
言い淀む幸村の顔を別の様子にとったらしく、
三成は了解した、といわんばかりに首を動かした。
肩に置いていた手を外し、かわりに背中をぽんぽんとなでる。
お疲れさま、の声が聞こえてきそうなものだった。
「すまん、お前の性格では、たとえ本当に下手でも、
恩義ある人間を悪し様に言えるはずがないな」
悪口を言うのは苦手なので、それは事実なのだが、幸村の論点はそこではない。
「ええと……三成殿は、左近殿の蛇皮線を、よく聴くのですか?」
とりあえずそこからだと訊ねると、軽い肯定。
幸村は再会してからまだ聴いたことがないと会話から気づいたらしい三成は、丁寧に教えてくれる。
「左近が奏で出すのは、決まって俺が仕事を詰めている時だ。
あまりに騒音なので何も手につかなくなり、中断せざるを得ない」
この治部ときたら、仕事が好きなのかと思うほど机にむかうことが多い。
それは彼の主がわりとどんぶり勘定であることも一因なのだが。
差し引いても彼は仕事中毒と表現できる。
仕事を中断させられるのだからと苦々しげな調子を装っているが、唇には微かな笑みが浮かんでいた。
「俺に真向から休めと言っても断るのを知っているからなのだろうな。
だから、耳障りなのはどうかと思うが、その音がしたら休憩するようにしている」
よく誤解されるが、彼は忠臣の気遣いを無視するような人間ではない。
冷徹に見えるその奥には、きっと誰より熱いものを潜めている。
左近はそれを最も理解し、的確なところで手をさしのべる。
懇願するより実力行使が効率的だとも知っているから、そんな突飛な行動に出る。
お互いへの信頼ゆえの不思議な合図に、幸村は楽しそうに笑った。
「では、今度三成殿が無理をしていたら、
私も笛を吹くことにしましょう」
「……その調子だと兼続もやらかしそうだな」
それはさぞかし煩いだろう、と眉をしかめる。
喧噪ぶりが想像できて、幸村は思わず吹きだした。
三成はそんな彼を軽く睨んだが、最後は一緒に薄く顔を歪めた。
晴れた空に負けない、ひどく清々しい声が高く響いていった。
> エンパからネタをもらいました(左近と三成のイベント)
> 兼続が加わると愛の歌かなぁ……しかもビブラートかかっていて、
> 無駄に細かく上手そうな気がします。
> 幸村は巧みではないけれど、人柄の出る素朴な音を希望。(09.06.09)