< 邂逅 >


 曹操が袁紹を打ち、その際曹丕が甄姫を見初め妻にした。
 吉日を選び、彼女は支度を調えて魏城に入り、西の宮の一角を与えられた。
 当然、彼女の世話をする者もつき従ってきたので、城内はにわかに活気づき、見慣れぬ顔が増えることになった。
 それくらいの人員を収容できない王城ではないが、ここ数日なにかと慌ただしくなっている事実は否めない。

 戦後処理もせねばならず、右へ左へ走り回る従僕の姿が目立っている、そんな時期。
 一人の男が中央の宮の廊下を進んでいく。
 左目を覆う眼帯と鋭い眼差しに、行き過ぎるものは皆畏怖をこめた表情で礼をする。
 頑健な体躯に飾りのない礼服が少し窮屈そうに見えた。
 勝手知ったる廊下を進み、従兄であり主君である曹操の執務室へむかうその足が、前を見て少し遅くなった。

 見慣れぬ女が先にいた。
 歩いてはおらず、手になにか持ち、きょろきょろとあたりを見回している。
 遠くからでははっきりしないが、その様子は不安げなものととれた。

「おい、そこの貴様」

 呼びかけられた彼女はびくりと身を震わせてふりむいた。
 己より頭一つ以上小さい彼女は、とりたてた美人ではなかった。
 腰まであろうかという長い茶の髪は簡単に結わかれただけで、たいした飾りもつけていない。
 服は高位の女官のものだが、見覚えはないし、帯もなにもそっけない。
 身を飾るよりべつのことに興味がある、といったところだ。

 遠目にはわからなかったが、腕にはいくつかの書物を持っている。
 自分を見て平然としている女官は少ないから、新しくきた者に違いないだろう。
 そんなふうに一瞬で観察すると、続けて口を開いた。

「この先は魏王の執務室をはじめとする中心部だ」

 暗に、お前のいるところではない、と含める。
 その言葉に、彼女は慌てて頭を下げた。

「ああ、やっぱり……
 申し訳ありません、その……迷子に、なって、しまって……」

 恥ずかしそうに頬を染め、謝罪する。
 徐々に小声になっていったが、聞きとるに不自由はなかった。

「甄姫の女官か?」

 問うと、はい、と頷かれた。
 身長差があるが、それでもきちんと視線を合わせてくる。
 部下や同僚以外と見合わせるのは久しいことだなとちらと思った。


「申し遅れました。
 甄姫様と共に参りました蓮葉です。
 甄姫様に頼まれて書庫へ行き、戻ろうとしたのですが……」

 深々と頭を下げて名乗り、経緯を告げる。
 最後のほうをぼかしたのは、迷子になったと何度も言うのを躊躇ったのだろう。
 目尻はまだほんのりと羞恥で赤く染まっている。

「俺は夏侯元譲だ」

 返して名乗ると、

「はい、夏侯将軍ですね、覚えました」

 にこっと笑ってみせた。
 噂を知らぬわけはないだろうに、臆する様子は見受けられなかった。
 それから控えめに申しでる。

「あの……お手数ですが、西の宮までの道を教えていただけないでしょうか。
 まだ覚え切れていなくて……」

 どこかの血が混ざっているのか、青みがかった目の色をしている。
 そんなことを発見しながら、

「言うだけではまた迷いかねんだろう、案内する」

 そのままきびすを返し、応えを聞く前に歩きだす。
 蓮葉はわぁ、と小さく叫んでぱたぱたと追いかけてきた。
 そうした姿は子供のようで、一体幾つなんだろうかと考えてしまう。
 姿はどう見ても成人しているが、あの妖艶な甄姫づきの女官には見えない行動だ。
 合わせて歩調を若干ゆっくりにしてやり、走らずすむようにしてやりながら、内心疑問に思う。

「……あの、ですが……
 ここを歩いてらしたということは、奥に御用がおありなのでは……?」
「急ぎの用ではない。
 ……ところでなんの書物だ?」

 彼女の心配を無用と言いきり、目線を手の荷物にむけた。
 蓮葉は見やすいように横に並ぶと、そのうちの一つを出してみせる。

「この国の風習やら……です。
 書庫のかたには許可をとりましたが……ご検分なさいますか?」

 小首をかしげる彼女に、手をふり答えにかえた。

「貴様が迷子にならずに届けられれば問題ない」

 迷子の部分を強調すると、目に見えて情けない顔になる。
 小さな身体がますます小さくなってしまった。

「腰入れだなんだで素性の分からぬ人間が増えて……厄介なものだ」

 なかば独り言のように呟いた。
 蓮葉は特になにも言わなかったが、男のほうも気にせず、廊下を進んでいく。
 ほどなく、甄姫に与えられた宮にたどりついた。

「ありがとうございました、わざわざ……」

 何度も頭を下げる彼女に少し苦笑する。
 思わず子供にするように頭をなでかけたが、自重した。

「早いところ覚えることだな」

 そう告げると、今度こそ曹操のもとへ足をむけた。
 それが、二人の出会いだった。





>これだけでは全然カップリングっぽくないですね。
>手が遅いので続きはいつになるやら……はやめに頑張ります。
>ブラウザバックでおもどりください。