< 夜に呼ぶ >


 蝋燭の灯りは決して心強いものではなく。
 書簡を読むにはあまり適しているとは言えない。
 読みさしで気にかかっていた部分だけを拾ってしまうと、書簡を書机に置いた。
 それから、机を睨むようにあれこれ思案している妻に声をかける。

「月英、そのあたりで切り上げてはどうです?」

 兵器開発に余念のない彼女は、日々改良点を見つけては図面を直している。
 そういった生真面目で上を目指す心は、彼としても頼もしく思うところだが、放っておけば寝食を忘れてしまう。
 最も自分も策を考えだせばそうなり彼女に注意されるので、お互い様と言ったところだが。
 諸葛亮に声をかけられ、月英は相当夜が更けたことに気づいたらしい。
 少し慌てた様子で図面を片づけて、彼のほうにむき直る。

「すみません、孔明様、つい夢中になって……」

 釈明する彼女に、彼は昼間の張飛の言葉を思い出す。

「……月英」
「はい、なんでしょうか、孔明様」

 呼びかけると、いつものように返してくる。
 ……そう、いつものように。

「孔明様……?」

 それきり黙りこんだ夫を不思議そうに見つめ、具合でも悪いのかと近づいてくる。
 冠を外した長い髪の毛は、動くたびにさらりと微かな音を立てる。
 戦場では勇ましい彼女も、こうした様子はごく普通の女性で。
 そんな彼女になんの不満もないけれど。

「月英はどうして、いつまでも私を様づけで呼ぶのですか?」

 無言だった夫の突然の発言に、彼女はぱちぱちと目を瞬いた。
 彼女にしては珍しく、その意味を捕まえるのに若干の時間を要したらしい。
 ややあってから理解したらしいことが、困った顔から伺えた。

「どうして、と言われても……昔からそうでしたから。
 私にとって孔明様は夫であり、尊敬する軍師であり……」
「ですが、今は夫婦でしょう? 様をつけなくても良いでしょうに」

 たたみかけるように言うと、さらに困った顔で視線を彷徨わせる。
 ちょっと泣きそうな顔つきで、おずおず口を開いたが、それは音にならずに消えた。

「……む、無理です」

 息苦しそうに赤面して、顔を伏せてしまう。
 意識しすぎてどうにもならなくなっているらしい。
 そんな様子はとても初々しくて、これはこれで愛らしい、と思ってしまうのだから、自分も大概末期なのだろう。

「呼ぼう、と思うと……」

 息をついて見上げてくる妻に、思わず笑みをこぼす。
 彼女はそうだ、と棚から瓶をとりだした。

「お酒を飲めば少しは変わるかもしれません。
 ……酔うほど飲むのは好きではありませんけれど……」

 いつもつきあい程度や寝酒代わりにしか飲まない月英だが、杯をとりだしつごうとする。
 困惑しつつも彼の要求に応えようとする姿は健気だが。

「……流石にそこまで要求しませんよ」

 やんわり押しとどめて酒瓶を回収した。
 たしかに泥酔して人格が変わる人間は多い。
 だが、そのあとに待っているのは酷い二日酔いだ。
 戦はしばらくないと言っても、そんな無茶をさせる気にはなれない。

 そのまま肩から抱き寄せると、その顔を見下ろし、二の句をつがれる前に軽く口づけた。
 ぴく、と小さく震え、頬を染めて目を閉じる。
 そんな仔細を眺めて満足げに笑みを漏らすと、なお深く味わおうともう一度唇を寄せる。
 かさついた唇をくすぐるように舐めると、おずおず薄く開く。
 それを逃さず舌を絡ませて、すがりついてくる腕を背に感じながら、きつく抱きしめた。

 女性にしては鍛えていると言っても、こうしていると柔らかく、暖かくて。
 自分とは違うものなのだと実感する。
 それをもっと近くで感じたいから、だから。

「ぁ……」

 顔を離すと、ものたりないような、息苦しさのような、そんな曖昧な吐息が漏れる。
 伏せた目で、けれどふれていたいと絡む指。
 ふと思い立って、腕をまわして抱えあげてみる。

「こ、孔明様!?」
「暴れると落ちてしまいますよ」

 慌てる妻にくすくす笑って告げると、ぎくしゃくと身じろぎする。
 落ちつかないらしく、さりとて動けもせず、困惑を顔じゅうにはりつけていた。

「重……く、ないですか?」

 修練した身体に後悔はなくとも、普通の女性より重たくなるのは当たり前でも。
 それでも気にしてしまうのが複雑な女心というもの。

「そんな風に見えますか?」

 心外な表情をわざとつくってみせる。
 彼女を抱いていても、その足どりに危ういところはない。
 平然と歩く夫に、慌てて首をふった。

「いえ、そうは、見えませんけれど……」





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