| −限界!!− |
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「よ、ようやく落ちついた……」 「ええ、お疲れ様です」 忙しかった。 もう、この一言に尽きる。 別宇宙で大規模なトラブルが発生し、救援を求められた。 かつては己の宇宙も救ってもらった身の上。 断る気にはなれず、引き受けたのはいいものの、予想以上に大変だった。 かつてはこんな大変な作業をさせたのかと、神鳥の宇宙に改めて感謝して、今度なにか贈ろうと決めたほど。 女王だけでなく守護聖や、研究員も総出となってことにあたってどれほど経ったか。 どうにか、手をかさずとも立ち直れるところまで回復した。 数値の上でも問題ないし、むこうの宇宙からも「大丈夫だ」と言ってきている。 これ以上の干渉は、逆効果になってしまうだろう。 主要な者を集めて、今回の手伝いの終了を宣言したのが、少し前のこと。 諸々のデータやらなんやらをある程度片づけて、どうにか明日からの通常業務に差し支えないところまで、机の上に余白を作成できた。 参考資料なども山積みになっているが、このあたりはあとでもいいだろう。 明日、明後日は平日だが、臨時の休みにしている。 そのあとは土の曜日なので、実質四連休だ。 必要最低限の人員だけ動かして、その面々も適宜休めるようにする。 ここしばらくの忙しさで疲労した心身はそれくらいで復活するとは思えないが、ある程度のリフレッシュはできるはずだ。 「サイラスもお疲れ様、もう休んでくれていいですよ」 「そうですか、ではお先に失礼します」 アンジュの言葉に躊躇いひとつ見せず返すと、優雅に一礼して去って行く。 いつも笑みを崩さない彼ではあるが、流石にいくらかの疲れが見てとれた。 この休みで、おそらくたまったであろう通販の開封を心ゆくまでしてほしいところだ。 サイラスが出て行ってしばらく、ノックの音がした。 やってくる人物など決まっているのだが、当人から懇願されているので、ちゃんと誰何の問いをする。 その間にドアのそばまで歩み寄った。 予想どおりの名前を聞き、すぐさま扉を開けると、そこにいたのは風の守護聖でありアンジュの恋人であるヴァージルだ。 「お疲れ様です、ヴァージル」 「あなたも、お疲れ様でした、アンジュ」 思わず抱きついて、疲れていたら悪いかと思ったが、力強く抱きしめ返してくれたので、そのまま抱きついておいた。 少しだけ身体を離して顔を見つめるが、ほとんどやつれた様子はなく、今日も大変に顔がいい。 救援の一方で、己の宇宙に対しての日々の仕事もある。 プライベートな時間が返上となったので、当然、恋人との時間もとれなかった。 それでも、くだんの惑星に派遣されていない時は、日に一度は顔を見て、可能であれば食事やお茶休憩の時間をすごした。 情報交換ついでに他の守護聖とも行ったが、ほぼ毎日は恋人相手だけだ。 だから久しぶりなんてことはないのだけれど、時間を気にせずこうしていられる事実は、想像以上に嬉しかった。 「……顔色があまりよくないですね」 ヴァージルの両手が頬を挟んだ。 気遣わしげに憂えた表情で、そうっと囁いてくる。 たしかにいつもより若干、本当に若干、化粧は濃いめにしたが、まさか勘づかれるとは。 「大丈夫ですよ、終わったんですから」 今日にまにあわせるために頑張ったことは否定しないが、倒れるほどの無茶ではない。 目の前の男だって、それをさせまいと目を光らせているのだから。 しかしヴァージルはいいえ、と首をふる。この男、こういう時は絶対に引いてくれない。 「それでも、今夜はゆっくり休んだほうがいいですね」 「そのつもりですけど……一緒にいてくれますよね?」 一人のほうがのんびりできるでしょうと言われそうなので、先手を打っておくと、ええ、とうなずかれる。 「本当は別々に休むほうが疲労回復にはいいんですが……俺の精神は回復しませんから」 苦渋の決断ですと続いて、覚えず吹きだしてしまう。 だけど彼の言葉には同感だ、身体の疲れはとれても、心が満たされなければ。 そのためには、恋人の存在は不可欠となる。 アンジュはするりとヴァージルの腕に己のそれを絡めた。 流石に聖殿でなにかする気はないが、わずかでもふれる範囲を多くしたい。 ヴァージルは溶けるような笑顔を浮かべて、邸まで丁寧なエスコートをしてくれた。 ……そこまではよかった。 邸の女性陣によってエステのようなフルコースを受けて、おいしいものを食べて。 隣には恋人がいて、次から次へと惑星で起きる、頭の痛くなる事態もない。 久方ぶりの恋人の腕の中でゆっくり眠り、目が覚めてからもこれでもかと甘やかされ。 下手をすればトイレまでだってお姫様抱っこで連れて行かれそうな有様だった。 定期的にバイタルチェックはしていたが、やはりかなり疲れていたようで、少しだけ熱まで出したものだから、ヴァージルはそれもう過保護に扱ってきた。 比喩誇張ないほど片時も離れずにいて、またそれが鬱陶しいと思わないのだから、己も大概だろう。 結局四日間ほとんどそんな感じですごしたので、最終日にお茶をしにきたレイナがヴァージルにドン引きしていた。 四日目には熱も引き、体調も回復していたので、月の曜日からはいつもの女王業に復帰したのだが── そこから一週間、二週間経過しても、ヴァージルは紳士なままだった。 なんて、言葉を飾っても意味がない、要するにキスしかしてくれないのだ。 夜は共に眠っているけれど、抱きしめるだけでそれ以上はない。 はじめの一週間は、体調を崩したから様子を見ているのだろうと納得した。 もともと休みの日の前までは、そういった行為をしないことが多かったし。 週末もなにもなかったのも、その延長だと考えれば不思議はなかった。 実際ヴァージルは過保護モード全開で、ちょっとくしゃみをしようものなら、即座に担いで医者を呼ぶ始末だったし。 しかし次の一週間もとなると、流石にもういいだろうと思ったのだ。 医者からも健康体だと言われて、その場には当然のように彼もいた。 となればと期待していたのに、そんな恋人同士の事情を知らぬ他の守護聖から誘いを受け昼間の予定は埋まり、そんなこんなでなにもなくすぎてしまった。 ……はっきり言って欲求不満だ。 子を成せない女王という存在になっていて、快楽だけ求めるのかとか、悩んだこともあったが、健康な証左だと今では居直っている。 好きな相手がふれられる距離にいるのに、なにもしないで我慢なんてできるわけがないのだ。 ヴァージルだってそのはずなのに、ずっとご無沙汰のままだ。 心当たりはある、心配性な恋人は、あれこれ悩んで考えすぎてしまう。 相談してくれればいいのだが、本人の気質もあって難しいのだろう。 やきもきすることもあったけれど、今はなにもできずにいる、なんてしない。 だってこっちは限界なのだ。 そしてきっと、彼のほうだって。 だけど彼はどんなにつらくても、我慢してしまうのだ。 ならばすべきことはひとつ。 ──そんな壁、ぶち壊してやる。 彼女は据わった目のまま、おもむろにプライベート用のタブレットを手にとった。 まずは、安直だが確実に効果のある部分から── そして決戦の土の曜日。 「今日はいろんなカクテルを集めてみました!」 二人での晩酌時は、ちょいちょいテーマを設けることがある。 故郷でだって数え切れないほどの酒があった、宇宙中となれば星の数ほどだ。 抜群の検索システムに気づいてからは、飲みのネタにすることも増えた。 そんな飲み会をこなしていたので、今回はテーマでも疑われない。 意図的に度数の低いものばかりにしたが、そもそもカクテルは低いものも多い。 頼めばつくってもくれるが、それでは二人きりの時間にならない。 今回は遠慮してもらい、通販で色々揃えてみた。 ひとりなら缶のまま飲むところだが、綺麗なグラスに注いでスライスしたレモンやライムを挟めば、店に出ていそうなものになる。 感想を言いあいながらの時間はとても楽しくて、甘い笑顔の恋人は今日も大好きだ。 適当な時間で切りあげて、寝る支度をととのえてベッドへ行く。 さて、どうなるだろうかと緊張していると、ヴァージルは絶妙な力加減で抱きしめてきて、そっとキスを落とした。 何度経験しても、その瞬間は震えてしまう。 期待とかそういうのもあるだろうが、やっぱり単純に嬉しいのだと思う。 「お休みなさい」 甘い声で告げてきたのは就寝の挨拶。 つまり今夜もそのまま寝るつもりなのだろう。 ──そうはさせるか。 決意を胸に、抱きこんでいる腕をやんわりほどいて、端正な顔を見つめた。 夜目に慣れてきたので、どうにか表情も確認できる。 「明日は休みで、私は元気です。だから、ヴァージルとえっちしたいです」 どう言おうか寸前まで悩んでいたが、結局ド直球になった。 色気がないかもしれないが、持って回っている余裕は失って久しい。 じぃっと凝視していると、みるみる顔が赤く染まっていく。 忌避する空気はないので、その気にはなってくれるようだ。 しかし、彼はなんの行動も起こそうとしない。 「……嫌ですか」 「まさか! 星が滅んでもありえません」 星が滅びそうな時は女王も守護聖も仕事中の気がするが指摘はしない。 問いかける声は、情けないが少しだけ沈んでしまったが、かぶるような否定に安堵する。 「じゃあ、どうしてずっとしてくれないんですか」 夜はまだ長い。原因がどこにあるのかをきちんと明らかにして、すっきりしたい。 こちらの言動ゆえならば、考えなくてはいけないし。 未回答は許さないという空気を感じたのだろう、ヴァージルはものすごく言い淀んだが、やがて観念した。 「以前、惑星バラトに俺が行った時のことを覚えていますか。正確には──帰還してからですが」 名前を聞いても、すぐには思い出せなかったが、今必要なのは星の名前ではない。 ヴァージルが帰ってきてから事件が起きた時、と記憶を掘り起こせば、ひっかかるものがあった。 だが、こちらにとってのそれは、問題というほどのものではない。 彼が真剣な表情をするほどかと首をかしげてしまう。 「トラブルで予定より遅く帰ってきたのは心配しましたけど、今回の件とは関係ないですよね?」 予想以上に星の問題が厄介だったことと、守護聖を帰したくないという強硬派によってゲートをジャミングされたりしたのだ。 以前のヴァージルなら死者が出ようとお構いなしに突破したが、今では平和主義者になっている。──あくまで彼の視点では、だが。 なるべく血を見ないように、星に悪影響が出ないように配慮した結果、当初の二倍以上、滞在期間が延びたのだ。 幸い途中で聖地への連絡はできたし、他の守護聖は「ヴァージルなら大丈夫」と心配する様子もなかった。 それは本心半分、女王であり恋人であるアンジュへの気遣いもあったろう。 とはいえアンジュ自身も、守護聖としての彼を信用していたので、あまり不安はなかった。 ただ、聖地を長く空けること自体への悪影響とか、恋人が意に染まぬ状態であることとか、諸々で精神的にクる部分はあったけれど。 帰還した時のヴァージルは怪我ひとつなかったし、余計な殺生もしておらず、よかったと胸をなで下ろしたものだ。 「関係大ありです。帰還したあとの休日、俺があなたにしたことを忘れたんですか?」 怪訝そうなアンジュに、ヴァージルはぎゅっと眉を寄せて低い声で呻く。 苦々しげな怨嗟の響きは、己自身へのものらしい。 したこと、と呟いて、──ああ、と納得する。 「抱き潰されるって、比喩じゃなくあるんだなぁって思いましたね」 のほほんとした口調で言ったのだが、ヴァージルには笑い話どころではないらしい。 暗い顔のままなのを確認して、なるほど、これが理由かとようやく思い至った。 あれこれあった恋人同士が「めちゃくちゃにしてほしいの」とのたまうシーンは、クライマックスでよく見るものだ。 しかし現実問題、そこまでできることはほぼ無い。体力とか、まあ、色々な問題で。 かくいうアンジュだって、故郷では体験したことがなかった。 だが、くだんの星からもどった次の休日。 文字どおりの今夜は寝かせませんをされたアンジュは、別の意味で一日中ベッドから出られなかった。 その後、落ちこみまくった彼が復活するまでのほうが大変だったので、すっかり忘れていたけど。 「あの時も言いましたよね、気にするの禁止って」 約束を反故にする気かと軽く睨むと、途端にうろたえる。 反省する部分もたしかにあるが、アンジュ本人は気にしていなかった。 もっと体力づくりを頑張ろうと考えたりはしたけれど。 だから、これ以上謝るな、気にするな、落ちこむな──と、最後は懇願を通りこして命令のようになっていた。 「わかってます、ですが、今回も同じくらい片づくまでかかりました」 「でも、前回と違って会えてましたし」 ヴァージルの中では、一度やらかしたから、似た状況の今回もまた抱き潰しそうだと予想しているらしい。 しかし、今度は毎日会っているし、寝るだけとはいえ一緒に夜もすごしている。 そこまでではないだろうと思ったのだが、彼はいいえ、と力強く首をふった。 「あなたに対してのことは、俺自身が俺をまったく信じていません」 「断言するところじゃないです」 うっかりつっこんでしまった。 たしかに日ごろからアンジュのこととなると暴走がデフォルトだが、それは決してこちらを傷つけるものではない。 結果的に腰が痛くなったりと無茶をすることになっても、自分が望んだことなのだ。 はっきり言えば責任を感じられるのもお門違いなことが多いけれど、セックスに関しては互いの合意が必要なものだから、そこまで言い切れない。 我慢している理由は想像と少し違ったが、こちらが遠慮する必要がない、という意味では同じだ。 言葉を尽くしても駄目だと言うのなら、実力行使をするまで。 「でも、そうやって我慢し続けたら、なおさらあとが大変じゃないですか?」 興味関心がなくなったわけではないのだ。 とっくに水のあふれたコップのようなものだろう。 アンジュの指摘は事実らしく、ぅぐ、と視線がずれる。 抱きしめることはやめないがその先は耐えるとは、どれだけ頑固なのだろう。 「……まあ、そういうところも大好きですけど」 恋人のためならなにもかも犠牲にするところは、危ういとか、愛が重いとか、一般的にはマイナスイメージもつくかもしれない。 だけど嬉しいのだから、己も大概なのだ。 想いがあふれているのは一緒で、だから、我慢なんてしてほしくない。 「──なので」 アンジュはもそりと起きあがり、ヴァージルの身体をつついて仰向けになってもらう。 己の力では、彼を動かすことはできないので、手伝ってもらうしかない。 それから、やおら着ていたもこもこのパジャマを脱いだ。 ボタンがついているタイプだが、一番上をとめていなかったので、頭から簡単に抜くことができる。 ズボンもぽいとしたいところだが、ベッドの上にすわっている状態ではもたつくので断念した。 ぎょっとしたヴァージルだが、次の瞬間には視線が釘付けになる。 薄明かりでも見えるだろう、鮮やかなオレンジの、いわゆる勝負下着だ。 下は見えなくとも、同じような扇情的なデザインだろうことは、何度か似たものを着用しているから想像できるはずだ。 微かに喉が動いたのを見逃さなかったので、知らずくつりと笑みをこぼしてしまう。 「今夜はわたしにこたえてください」 主導権をにぎるのは得意ではないが、抱き潰してしまいそうで恐いと躊躇するなら、やってやろうじゃないか。 いつまでも不安を抱えたまま、それでも愛を注いでくるなんて嫌だ。 明日は休み、ダウンするのは避けたいけれど、それは彼が気にするから困るだけ。 アンジュ自身は、寝こんじゃうとデートとかできなくてちょっと残念、くらいの感想しか持たない。 先に体力が尽きるのはこちらだろうから、途中で攻守が変わってもいいし、足りなければ次の約束にしてもいい。 ただ、寝ていればいいです、じゃ駄目だ。だって己がしたいのは愛し合うことなのだから。 アンジュの宣言に、ヴァージルはまばたきをしたあと、 「……することは同じだと思います、俺の腕を縛りでもしないかぎり」 妙に冷静に指摘してきた。 たしかに、盛りあがっていったら逆転しそうではある。 その際、こちらは止める選択肢はとらないだろう。 縛るのも興味はあるけれど、特殊なことは余裕のある時がいい。 「大丈夫ですよ、だってヴァージル、私に弱いでしょう?」 敢えてにっこりいい笑顔をつくってみせる。 結局、我慢させるのかと反論があってもいいところだが、考えつかないあたりが彼らしい。 何度言っても抱きしめても、きっと彼は同じように繰り返す。 こちらも同じだけ、構わないのだと、嬉しいのだとぶつけるだけだ。 「愛してます、ヴァージル」 にっこり笑って顔を近づけると、降参しました、とか細い声。 「俺も愛してます、──」 やさしい声で、しあわせそうに名を呼んでくれたから、あなただからなんでもいいんだと伝わるように、まずは軽いキスをした。 |
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