−出ない部屋−
「今度の休み、なにか希望はありますか?」

 誕生日まで数えるほどになったころ、愛しい恋人が訪ねてきた。
 今回のヴァージルの誕生日だが、当日は仕事のある平日だ。
 なので、夜にはみんなでちょっとした夕食会をすることになった。
 恋人同士でゆっくりするのは休みの日と決めたから、折角なら、との提案だ。
 以前なら誘っても参加者は半分いればいいところだったが、今ではまさかの全員イエスの答え。
 数人は祝う気持ちはあってもつきあわされてだったり、善意より面白そうという理由だったりしただろうが。
 それでもプレゼントだ飾りつけだ音楽だと、華やかなものになった。
 守護聖の誕生日ごとの恒例と化してきていて、変わったものだと感心してしまう。

「ヴァージル?」

 つい思いだしていたため、返答が遅くなってしまった。
 いくらか首を傾けた姿は抜群に愛らしい。

「俺はあなたを独占できれば、十二分です」
「……もうちょっと、こう」
「かなり凄いことだと思いますよ?」

 不服そうな彼女だが、だって宇宙の女王なのだ。
 本来なら独占するなんて許されない相手だった。
 だのに我慢できずに想いを捧げて、応じてくれて。
 前例や抗議やらをすべて解決して今こうしていることは偉業と呼んで差し支えない。

 女王の彼女も愛しているし、守護聖の己に不服もない。
 今では真摯に職務にむきあっていると断言できる。
 沢山の者から女王だからという肩書きだけでない好意と尊敬をむけられている姿は誇りでもある。
 休日にこうして二人で過ごすことがもし罪に問われるなら、どうか己だけにと切に願うくらい。

「でも、サプライズしないんですから、代わりって言うとですけど……」

 はじめのころの誕生日の時に、準備段階から共に行動したいと願った。
 快く受けいれてはくれたが、それはつまり、なにもかも己の知るところとなるわけで。
 頼むケーキの大きさとか、当日のデート内容とか、飾りつけに至ってはこの背丈が大活躍だ。
 アンジュ自身もそれはそれで楽しそうにしているが、サプライズをしかけられないことだけが不服らしい。
 ヴァージルとしては、事前にわかっていても、恋人が賢明に祝ってくれる事実で新鮮な感動を覚えるし、なんなら愛情で挙動不審にならないために、先に知っておきたいくらいだが。
 むー、と唸る姿もかわいくて、覚えずぎゅっと抱きしめれば、すぐに笑いが弾ける。

「こんなにかわいいあなたと一日中二人きりでいられる、それ以上の幸福はありませんよ」

 掛け値なしの本音で耳もとで囁くと、声も大好きだと教えてくれた彼女の頬が染まる。
 赤く熟れた頬はとてもおいしそうで、ちょっとくらいはいいだろうと、加減をしながら噛みついた。
 冗談のつもりだったのに、甘ったるい声が転げ落ちたものだから、そのまま、色々なし崩しになってしまった。


 そして、土の曜日の夜。
 午前中の視察やらを終えて、恋人と落ちあった。
 そういえば結局、日の曜日はどちらの部屋ですごすのか、決めていなかった気がする。
 あれから特に話題に出なかったし、飾りつけなどは今からやるなら、荷物を持ってどちらかの邸へ行けばいいだけだ。
 どちらでも構わないのだが確認すべきと声をかけようとすると、

「ヴァージル、こっちです」

 アンジュがびしりと目的地らしい方向を示したのだが。

「……こっち、ですか?」

 思わず怪訝そうな声を発したのもやむなしだろう。
 指がむいているのはどちらの私邸でもない。
 帰る前に寄り道することは多いが、よく行く場所の方角でもなかった。

 とはいえここは聖地。安全面に問題はない。
 普段行かない場所でも危険は少ないし、景色はどこも抜群だ。
 なにより彼女が行くと言うなら、答えは「はい」一択に決まっている。
 わかりましたと半歩先を譲り、腕を組んで歩いて行けば、なんとなく目的地は予想できた。
 だが、なぜか、の理由は考えつかない。

 果たして到着したのは想像どおりの迎賓館だった。
 聖地に要人がくることもあるので、用意している建物だ。
 今は念のためと、神鳥の守護聖用の部屋が用意されている。
 大きな建物にする理由も理解はしているけれど、維持管理だけで大変そうだとつくづく思う。

 平素は清掃や点検があるだけで、管理用の家に住む者がいるだけだ。
 恋人は迷わぬ足どりでそちらへ行き、アンティークな見た目の鍵を受けとる。
 見た目は古式ゆかしいものだが、中味は別だ。

「さ、行きましょう!」

 にこにこ笑顔がかわいいので、まあいいかと腕を引っぱられていく。
 センサーによって重たい門はやすやすと開き、数ある客室のうちひとつの前で足を止める。
 鍵穴にさしこむ動作は必要だが、回したりすることなく開いた。

 中は部屋というより家かというほどだった。
 コンパクトながらキッチンなどもついていて、この部屋だけですべてまかなえるようだ。
 かつて訪問した賓客用の名残らしく、この部屋は異国情緒にあふれている。
 どの守護聖の部屋とも異なる様式で、ヴァージルもどの星のものかわからない。
 しかしなぜここに案内したのだろう、見学したかったのだろうか。
 種明かしを待っていると、彼女は手に持っていた鞄からテープをとりだした。
 それを、なぜかドアに斜めに貼っていく。
 黄色地に黒の文字で、封鎖、というような意味が書いてあった。

「室内に貼るのはちょっと変ですけど、気分ってことで!」
「なんの気分か、そろそろ教えてくれませんか?」

 ふー、と満足げな顔もかわいいのだが、と声をかけると、よくぞ聞いてくれました! と声を弾ませる。

「出ない部屋です!」

 じゃーん、とコントの時のように効果音を口にしてから、発表された。
 ……いまひとつ意味がわからない。
 促されるまま、ソファに並んで腰かけると、いたずらっこのような笑みで腕を絡めてきた。

「誕生日のお祝いの二人っきりですけど、いつもと同じもなって。それで考えていたら、誕生日と言えばお泊まりデートだよなと思いついて」

 たしかに、故郷でもそんな感じだった。
 しかし、守護聖はともかく女王は、簡単に聖地を出ることはできない。
 守護聖も遊びではほぼ不可能で、あくまで仕事で、だけれど。
 もし女王が聖地外へ出たいと望んでも、ヴァージルも諸々の懸念点を考え、制止するがわにまわるだろう。
 アンジュもその点は理解しているし、正当な手段で許可をとった場合は「女王と守護聖の外遊」になってしまうから、意味がない。
 おうちデートが悪いとは言わない、だが、ちょっと旅行気分を味わいたい。
 けれど我を通して周囲を困らせたくはない……

「そこで迎賓館を思いだしたんです」
「なるほど」

 普段行かない場所だから窓からの景色も新鮮だし、珍しい内装のホテルだと思えなくもない。
 なかなかいいアイディアだと、すなおに賞賛した。
 迎賓館の一室を貸してくれないかと頼んだところ、快く許可が下りたのだという。

「料理とかも出しましょうかって言われたんですけど、断りました」

 邸の料理人がつくって運ぶと申しでてくれたんですけど、と続く。
 それらが入口の封鎖に繋がってくるらしい。

「明日は一日中、だーれにもジャマされません。思いつくものは持ってきておきました」

 一日分に十分なほどの食材に、お菓子に、ジャンクフードも今日ばかりは解禁だ。
 備えつけの画面は、操作すれば私邸と同じようにほとんどの映像が出てくるように設定ずみ。
 お風呂で使おうと山ほどのバスグッズも運搬ずみだ。
 着替えも、誰も見ないからパジャマと、あとはちょっとはっちゃけた衣装と。

「完璧な籠城ができますね」

 蕩々と述べていく文言を聞いているうちに、耐えきれずに笑ってしまう。
 そうでしょうと胸を張る恋人は、やっぱり宇宙一かわいくて愛おしい。
 事前準備も相談してほしかったけれど、サプライズがしたかったのだろうから、胸にしまっておくことにした。

「では、なにからしましょうかね」

 テーブルの上にも様々なものが置いてある。
 ゲームに本に、……一日ではやりきれないほど。

 この一日は、ふたりっきりだ。
 秘密基地というには豪華すぎるけれど、わくわくしてしまう。
 はしゃぎ倒しても怒られないし、恋人もそのほうが喜んでくれる。

 クラシカルな鍵は引きだしの奥深くに放りこんで、最高の休日のはじまりだ。
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