-毛糸の手袋-
 いらえがあったので中へ入ると、いつもは片づいているローテーブルには、ものが散乱していた。

「タイミングが悪かったですか?」

 訪ねることは伝えていたが、時間は大まかなものだった。
 なんなら時間つぶしに、そのあたりを走ってもいい。
 そう考えての提案だったが、アンジュはどうぞ、と笑顔で言う。

「散らかっててすみませんですけど、見られて困るものじゃないので」
「では、お言葉に甘えて」

 毎日顔を合わせているが、それでも足りないのだ。
 一秒でも長く共にいられることを許してくれるなら、断る理由はない。
 見たところ、机の上に散らばっているのは袋や小さな箱ばかり。
 近くにはその中身とおぼしきものが置いてあった。それは、

「手袋ですか」

 女王の故郷には四季があったということで、聖地にもゆるく季節が導入された。
 ヴァージルの故郷ほどの寒波はないし、前に行ったことのある惑星ほど猛暑にもならない。
 適温すぎてダメになりそう、とは恋人の言で、それにはちょっと同意した。
 とはいっても寒いものは寒く、時には雪も降らせるというので、通販で冬用小物を注文したというわけだ。

「見ていたらつい、あれもこれも買ってしまって」

 一度にとどいたので、結構な量になったようだ。
 女王や守護聖には、明確な給金は存在しないが、ことに今代からは通販が手軽になっている。
 今までは聖地内で仕立ててもらっていたが、あれこれカタログから選びたい、というのだ。
 日常着までオーダーメイドも落ちつかないという気持ちはよくわかる。
 女王の衣装は必要なものと割り切るが、普段は一市民でいたいらしい。
 日々に慣れれば気にしなくなるかもしれないが。
 色はオレンジだけでなく、白など様々、素材も毛糸から革と色々だ。
 服装に合わせて小物を変えるのだし、愛らしい彼女の姿が見られるなら、これくらい安いものだ。
 本人は買いすぎたと少し反省しているようだが、この程度ならたいした金額でもないだろう。
 ……なんて、自分も大分、金銭感覚が昔と比べてズレてきていると苦笑する。

「お茶を用意しますね」
「なら、少しだけ片づけても?」

 収納場所はわからないが、包装袋などをまとめることはできる。
 それだけすれば、一時的にどこかへ置けばお茶は置ける。
 少しだけ申しわけなさそうに眉を下げながらも、よろしくお願いしますと言われる。
 定位置に腰かけると、空き箱などをてきぱきとまとめていく。
 そこでふと思いつき、縁に白いファーのついた、毛糸でできたピンクの手袋を手にとった。
 ずいぶん久しぶりだが、難しい作業でもない、ほどなく思惑どおりにできあがる。
 自分の手では大きさが違いすぎるので、目立つように恋人のすわる目の前に置いてみた。

「お待たせしました、……あれ?」

 ほどなくトレイに諸々を載せてきたアンジュが、机の上を見て目を丸くする。
 急いだ様子でテーブルに置いてから、それを手にして、

「かわいい!」

 はしゃいだ声をともに微笑んだ。
 予想以上の笑顔に、こちらの心臓が跳ね上がる。
 大事そうに抱えてくれているそれは、手袋を使ってつくった人形だ。
 たいしたことではないのだが、いたくお気に召したらしい。
 彼女は上へ下へとじっくり眺めていく。

「はじめて見ました」
「そうなんですか? 俺の故郷ではよくありましたが……」

 なにせ冬の長い地域だ。手袋はどの家にもある。
 子供がぐずった時などに、咄嗟にできる遊び道具として、一般的なものだった。
 だからヴァージルも簡単にできたのだが、彼女は物珍しげにしている。
 手を入れて、パペットのように動かしては、はしゃいでいる姿は愛らしい以外にない。
 こんな簡単なことこんなに喜んでもらえるなんて、嬉しいやらくすぐったいやらだ。

「ほどいちゃうのが勿体ないですね」

 ひとしきり遊んでお茶を飲んで、さて収納となったわけだが、残念そうにしている。
 飾る場所はいくらでもあるからと、とっておいてある綺麗な缶の前にすわらせることにしたらしい。
 まあ、手袋として使う時にほどけばいいだけだ、そこまであとのつかない素材のものを選んだし。

「つくりかたを教えますよ?」

 実際は教えるというほどでもなく、一度手を見ていれば覚えられるくらいのものだ。
 だからそう申し出たのだが、恋人はしばらく悩むそぶりを見せる。
 それから、オレンジ色の手袋をヴァージルに手渡した。

「つくって見せてくれませんか」

 お安いご用だ。見て覚えるつもりなのだと見当づけて、ゆっくり手を動かしていく。
 本当に簡単なので、それでもすぐに完成するのだけれど。
 みるみるうちに人形になり、彼女は感嘆の息を吐く。
 先ほどのピンクのそれと二つを手にとると、飾り棚にむかい、小さな小物入れの前にすわらせた。
 リボンとかつけてもいいですね、と呟いていたが、とりあえずは満足らしい。

「使うまでこうして飾っておくことにします」

 名案でしょうと笑う。ちゃんとピンクとオレンジというあたりが、己と恋人を模しているようで、とても嬉しい。

「それで、使ったら……また、ヴァージルにつくってほしいんですけど、いいですか?」
「ダメと言うわけないですね」

 おねだりと言うほどでもない些細なことだ。
 自分でもできるだろうが、それでもやってほしい、と甘えてくれるなら、喜んでと返すまでだ。
 口実なんてなくたって彼女の部屋には訪問できるけれど、理由が増えるのも楽しいものだ。
 デートの時につけてきてくれる楽しみもあるし、この冬は色々な意味でわくわくできるだろう。

 これに合いそうなワンピースは、その日までナイショです、とイタズラっぽく告げられたから、ヴァージルは早々にぬいぐるみをほどく機会を得ようと画策するのだった。
>>もどる