− やましい気持ちはなかったんです −


 女王試験中だけれど、想いを伝えあって、恋人同士になってしばらく。
 あからさまに逢瀬の回数を増やすわけにはいかないので、ちょっとした時間を合わせることが多くなった。
 今日も、別の守護聖へ育成を頼んだあと、帰り道を一緒に──と決めていた。
 ヴァージル、と甘い声で呼んでくれて、隣を歩いて行ける、それだけで天にも昇るほど嬉しくなるもので。
 ……なのだが。

「アンジュ、足をどうしました?」

 執務室に顔を出し、数歩近づいてきたところで、違和感に気づく。
 ほんの少しだけれど、右と左で歩きかたがズレている。
 もとより両足同じ歩幅で歩くなんてできないが、いつもの歩きかたとも異なっているのだ。
 問われたアンジュは、驚きに目を見開いた。

「よくわかりましたね」
「あなたのことですから。……と言いたいところですが、クセですね」

 戦場では些細な怪我も命とりになる。
 予想どおりの動きができなかったために、連携が崩れ、隊が全滅──なんてこともありえるのだ。
 苦笑いとともに正直に告げると、少し考えてから、でも、と口を開く。

「それでも、私のことを見ていてくれて、心配してくれるわけですから」

 にこにこと微笑まれて、頬が赤面していくのがわかった。
 たしかに、これがかつての同僚や、今の守護聖たちだったら。
 不調に気がついて、己の行動に支障が出るなら忠告はするだろう。
 だが、関係なければなにも言わずにおくと断言できる。
 自分の体調管理ができない子供ではないのだし、わざわざ進言する義理もないからだ。
 だがアンジュは違う、女王候補だからだけではなく、今では大切な恋人なのだ。
 誇らしげに笑う姿は愛らしいが、ペースを崩された気恥ずかしさから、ひとつ咳払いをする。

「それより、足です」

 大股で近づき、素早く抱えあげてしまう。
 足を痛めているのなら、一歩だって歩かせたくなかった。
 そのままソファにすわり、膝の上に乗せると、慌てて降りようとするがそうはさせない。

「ちょっとぐきってしただけですよ」
「十分では?」

 ぐきっと、なんて擬音はわりと大事だ。
 最も己の場合、ちょっとした傷ですら心配になる自信があるけれど。
 アンジュの説明によると、王立研究院で約束していた時間にまにあわせるため、急いだところ、途中で躓いてしまったという。
 転倒こそしなかったが、力を入れたため、少し足が痛むというわけだ。
 遅刻はせずにすんで、その後、育成を頼んだ時も気づかれなかったし、さほど痛くもない。
 大丈夫、と安易に言われても、そうですかと納得はできないのだ。

「失礼」

 だから抱えたままの彼女の足からパンプスを抜きさると、じっと足首を見つめた。
 腫れもないし、妙な角度に曲がっているわけでもない。
 本人も吐き気などを訴えていないから、骨に異常はなさそうだ。
 念のため診てもらいたいところではあるが、一晩様子を見ても、まあ、許容できるだろう。
 ほっと安堵の息をついた、その直後。

「……ヴァージル」

 幾分か低い声で名を呼ばれた。
 はい、と返事をして顔を見たが、両手で覆っていて見えなかった。
 はてどうしたのかと聞こうとして、……己の行動を振り返る。

「す、すみません!」

 怪我の確認とはいえ、靴を奪ってスカートの裾をめくり、足首に触れたのだ。
 恋人同士であるとはいっても、性犯罪ギリギリなラインだろう。
 やましい気持ちはまったくなかったと断言できるが、そういう問題でもない。
 急いで膝から降りられるよう両手を降伏のごとく挙げたが、アンジュはそのまま動かない。
 ややあって、ようやく両手が離れると、恥ずかしそうに染まった顔と、いくらか潤んだ瞳が飛びこんでくる。

「そうじゃなかったってわかってますけど、言っていいですか」
「なんでもどうぞ」

 叱責なら当然だし、一発殴られても文句はない。
 殊勝に即座にうなずいたヴァージルに対して、アンジュは靴を履かないまま。

「……えっち」


 押し倒さなかった己を、誰か褒めてほしい。

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