− 雨上がり −

 聖地には、意外なほど様々な天候がある。
 制御は勿論可能なのだが、敢えてしていない。
 災害級は流石にまずいが、自然の摂理に反しすぎない程度にしようということで、
 今では完全なランダムになっている。
 予測は毎日立っているし、的中率もかなりのもだが、自然相手には、発達した技術も時に無力になる。
 ──そのため、時折こんなことも起こり得るのだ。

「見事に水たまり……むしろ池……?」

 先日一晩続いた土砂降りが嘘のような上天気。
 洗い流されたという表現ぴったりな快晴を見て、アンジュははしゃいだ声をあげた。
 そして案外アクティブな女王は、聖殿まで歩くことに決めたわけだ。
 ヴァージルが彼女の決定に否を唱えるわけもなく、
 一緒に歩いてきたわけだが、途中の道が見事な水たまりになっていた。

「それにしても、ここまでとはおかしいですね、あとで調べてもらいましょう」

 整備の行きとどいているはずの場所なのに、この有様ということは、なにかしらの原因がある。
 目視したかぎりでは目立つ凹凸はないので、石畳の下になにかあるのだろう。
 座標を脳内にメモしていると、アンジュがどうしましょう、と呟いた。
 最初の予定では馬車だったので、すでに女王の衣装に着替えてしまっている。
 ドレス姿だって、いつもどおりの道なら問題はなかった。
 しかしこの水たまりを直進するわけにはいかない。
 一声かければ替えを持ってきてくれるだろうが、こき使う真似をする女王でもないのだ。
 こうなったら迂回路をとるしかない、と考えているらしい横顔だが、そんな面倒をする必要はない。

「失礼」

 一言告げてから、ひょいと抱えあげてしまう。
 軽い悲鳴をあげたものの、半ば条件反射のように腕を回してきた。
 感じる重みは常と同じで、それにひどく安堵する。
 しっかり抱えたことを確認してから、長い歩幅を利用し、最低限の歩数で水たまりを渡りきった。
 念のため数歩進んでから、そっと華奢な身体を地面に下ろす。

「到着しました」
「ありがとうございます。……けど、ヴァージルが濡れたじゃないですか!」

 ぬかるんでいないことも己の足で確認していたので、ヒールの靴が沈むこともない。
 彼女は律儀に礼を述べてから、足下を見て叫んだ。
 たしかにブーツに水はかかったが、だからどうしたというものだ。
 アンジュの衣装に被害がないことのほうが重要なのだから。

「俺の衣装はそのまま戦闘できるようになっていますから、これくらい平気ですよ」

 戦闘となれば天気などかまっていられないし、むしろ雨のほうが遂行しやすい場合もある。
 このブーツは当然耐水性だし、丈夫でもあるから、なんの問題もない。
 少し流せば、すぐに綺麗になる。
 守護聖の装束も、着替えが執務室に置いてあるから、万一があっても安心だ。
 だがアンジュは納得がいかない様子で、むぅ、と小さく頬を膨らませている。

「それに、俺としては、あなたを抱き上げられてラッキーでしたしね」

 にっこりと笑いかければ、途端に赤面して「そういうところ……」と呟く。
 どこが「そういう」なのかはわからないが、機嫌は直ったらしい。

 整備という意味では問題なのだが、もう一カ所くらい水たまりがあってもいいな、
 なんて思いながら、聖殿までの短いデートを楽しむのだった。
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