− そら −

 降り立った地にはなにもなかった──と言えれば詩的なのだが、実際は微妙だなと呟いてしまうものだった。
 つくづく、人間は業の深いものだと嘆息してしまう。
 どうせ誰も見ていないのだからと、遠慮なく大きな息を吐いた。

 ──ここは、とある星系の、とある星。

 知識を持った人型の種族は、技術を進化させた結果、世界中を巻きこんだ戦を起こし、破滅した。
 わずかに生き残ったヒトは、戦争などによって起きた気象変動により死に絶えてしまい、
 今や植物とわずかな動物が存在するのみだ。
 けれど、建造物はまだいくらか残っていて、完全に失われるまでは、あと何百年かかることか。
 当然空気も汚染されているのだが、流石は王立研究員による装備、バリア機能は完璧だ。
 通信機程度の大きさのデバイスを持つだけでいいなんて、
 重たい酸素を背負っていたころには信じられなかっただろう。
 稼働する制限時間は流石に短いが、ぐるりと回るくらいは十分に可能だ。

 破滅したといっても、星としては再生可能だったし、周囲の宇宙に影響を与えるほどでもなかった。
 だから、特に守護聖や女王の力が行使されることはないまま、人類は終焉を迎えたのだ。
 いまだ修復途中なので、守護聖であろうと長時間の滞在はと言われたが、
 少なくとも、降り立つ大地はいくばくか残っている。
 今後、通常の人間の寿命であれば、気の遠くなるような時間をかけた後、またヒトが生まれる可能性もある。
 だがそれは、宇宙全体からすれば些細なことだ。
 経過観察の重要度も低い星だから、
 風のサクリアだけが突出しているといっても、守護聖が確認する必要もなかった。
 報告書だって簡素なもので、見落としたって誰も咎めない程度。
 いつもどおりにサクリアの采配をするだけでも十分だった。

 けれど目にしてしまった。
 偶然だとしても、見つけただけで意味はできる。
 気づいた以上はと願いでて、許可が下りて今回の訪問だ。
 多少我を通した自覚はあるが、今は宇宙全体は落ちついているので、さほど問題にもならなかった。
 どうせ聖地へもどれば瞬きの間で、ほころびすら生まれない。

 既刊ポイントはマーカーを撃ちこんであるので、迷うこともない。
 ヴァージルはあらかじめ見ておいた地図を思い浮かべながら、ゆっくりと歩いて行く。
 目指すのはかつての中心地だ。
 崩れた町並みのあちこちからは、青々とした緑が伸びている。
 植物は汚染地域でも成長すると、知識でも実地でも知っていたが、いつ見ても驚くべき繁殖力だ。
 持ち帰ることはできないが、なかなか美しい花も咲いている。
 小動物も多少生まれてるはずだが、隠れているのだろう、あまり気配はしなかった。

 ぐるりと周囲を見渡して、それから、空へと視線を投げた。
 まばらな雲が流れる青空は美しく、夜ともなれば星もよく見えることだろう。
 この宇宙には星が多い、有人星はわずかだが、光に差異はないのだし。

「からっぽの空……か」

 目を細めて口から滑り落ちたのは、愛しい存在が教えてくれたことば。
『そら』も『からっぽ』も同じ漢字を使うのだと、丁寧に文字をなぞりながら記してくれた。
 その時恋人がなにを考えていたかは、聞いていないのでわからない。
 彼女の故郷を学ぶことはできても、理解は難しいのだ。
 特に己はその手の情緒だとか、とにかく情とつくものは不得手なのだし。
 ただ、二つの漢字は同一ではあるが、成り立ちはまったく異なる、らしい。
 だけど同じ漢字だから、面白いですよね、と微かに微笑んだ表情は、鮮明に覚えている。

「空は、空ですけどね」

 文明が失われても、生物が死滅していようと。
 星が生きているかぎり、空もまた同様に存在する。
 誰が見ていようとむなしく眺めていても、構うことなくだ。
 からっぽだと思う存在がいるからこその表現であって、事象自体には変化はない。
 まあ、異常事態が起きれば本当に穴が空いたりするかもしれないが──
 とにかく、聖地で見る空と、さほどの違いはない。

「──それでも」

 それでも。見ておきたいと思ったのだ。
 自由に動けない恋人の代わりにたくさんの現場をというのも、誓って真実だけれど。
 意思などないはずの星が、まず求めているものが風だと知って、心が動いたのだ。
 柄にもない、と、以前なら笑って捨てただろう。
 だが今は違う。
 やっぱり博愛主義者にはなれないし、なる気もない。

 それでも、再びの進化をしようというように、強くたくましく生きる星に。
 己の勇気を運びたいと、本心から願ったのだ。

 サクリアだけを送れば用は足りる。こんなものは感傷でしかない。
 ──だが、きっと意味はある。

 ヴァージルは懐から愛用の銃をとりだした。
 おそらく女王を模しただろう、崩れた塔はおあつらえむきだ。


 祝いの代わりに、だれもいない星に空砲がひとつ、響いた。
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