−23誕生日−(全年齢版)

「ヴァージル、誕生日、なにか食べたいものはありますか?」

 タブレットでレシピ集を眺めながら、後ろに声をかける。
 アンジュをすっぽり抱きこんでいる彼は、肩口からそれを覗きこんだ。
 並んでいるのは、おうちパーティーにオススメというレシピたちだ。

 首座によって誕生日の前後の休日に、守護聖全員でパーティーをすることは決まっている。
 その席では料理人たちが腕をふるってくれるだろう。
 それとは別、誕生日当日は、二人きりですごせるよう配慮してもらった。
 だから誰にも邪魔されずのんびりして、夜は手料理でも、ということになった。
 アンジュは料理が得意ではないが、恋人のために腕をふるうなんて、いかにもベタでたまにはいいじゃないか、と思った。
 しかしおもてなし料理などつくったことがないので、折角ならヴァージルにも見てもらって、なににするか決めようと考えたわけだ。

「いい機会なので、あなたが誕生日に食べていたものがいいです」
「私のですか? そうするとイベント感はいまいちないかもですけど……」

 誕生日は好きなものを食べる、といつからか決めていたが、ハンバーグや、せいぜいチキン程度なので、あまり豪華さはない。
 子供の食べたいものという意味では鉄板なのだが、いまいち地味になってしまう。

「小さいころのあなたが感じられるなら、派手である必要はありませんよ」

 整った顔に嬉しそうな声で至近距離で囁かれて、いつまで経っても慣れずに赤面してしまう。
 それなら、と誕生日に食べたものを思い出しながら話していくと、興味深そうに聞いてくれた。
 ハンバーグならソースを凝ったものにするとか、当事憧れていた煮込みにすれば見た目も豪華になる。
 チキンは某ファーストフードのアレではなく、丸ごと……は手に余るけれど立派なオーブンはあるから挑戦できないことはない。
 とつとつと画面をタップして眺めていると、ふと名を呼ばれた。

「わがままを言ってもいいですか?」

 突然の発言だが、いいですよ、と即答する。
 なにせ彼の誕生日なのだ、叶えられる我儘なら、いくらでもと思う。
 快諾されたものの、気恥ずかしいのか、ヴァージルはしばらく黙ってしまう。
 会話の流れから料理のリクエストだと思ったのだが、なにか別件なのだろうかと首をかしげた。

「……その……料理の練習などをする時は、俺も同席させてほしいんです」

 やがての内容に、さらに首を斜めにしてしまった。
 そこまで躊躇してから口にすることではない気がしたからだ。
 実際、当日いきなり凝った料理はハードルが高いので、練習じみたことはするかもしれない。
 それくらい、と言う前に、あと、と続いた。

「飾りつけだとか、とにかく、俺の誕生日のための準備をする時も、あなたと一緒にいたいんです」
「そうしたら、当日の驚きが減っちゃいません?」

 聡いこの男にサプライズをしかける気は早々になくしているが、一般的には準備は祝う相手に見せないものだろう。
 ヴァージルも自覚はあるようだが、発言を撤回する気はないらしい。

「あなたの楽しみをいくらか奪ってしまうかもしれませんが……準備を一人でするとなると、当然、仕事のあとや、休日になりますよね」

 女王にも守護聖にも、有給などというものは存在しない。
 理由があれば休むことはできるが、そうでないかぎりは、月の曜日から金の曜日まで働くことになっている。
 恋人の誕生日準備のために休みます、なんて言えないし、言うつもりもない。
 従ってヴァージルの言うとおり、料理の練習などは空き時間を使うしかない。
 ……段々、彼の言いたいことが見えてきた。

「そうなると、二人で過ごす時間が減ってしまう。俺の誕生日なら、準備の時間も欲しいんです」

 なるほど、たしかに相当な我儘だ。
 だが、彼らしい気がして、覚えずくすりと笑ってしまう。
 当日びっくりさせることはできないが、サプライズは他の守護聖に任せればいいだろう。
 練習と同じ料理を何度か食べることになるかもしれないけれど、それだって二人で食べるなら楽しいはずだ。

「いいですよ、じゃあ、今日から誕生日まで、毎日一緒にすごしましょう」

 普段からほぼ毎日一緒だから、かわりばえしないところだが、そこに「誕生日」という理由がつくと、なんだか景色が変わって見えるから不思議なものだ。
 ぱぁっと花が咲いたように嬉しそうな顔をして、ありがとうございます、ときちんと礼を述べてくる。
 秘密にする必要がないのならと、アンジュはパーティーグッズのページを開いた。

「子供のころ、暗くなると光るシールを貼ったんです、折角なので、やってみません?」

 こちらの技術ならもっと派手なこともできるが、自分の昔というなら、むしろささやかなほうがいい。
 ヴァージルは興味深げに眺めているので、これはこれでよさそうだ。
 星などの王道シールから、この宇宙らしく梟などなど、あれもこれもと選んでしまう。

「貼るほうは任せてくださいね」

 アンジュ一人では難しい飾りつけも、この男がいれば難なくすみそうだ。
 そもそも、危険だからと踏み台に乗ることも許可しない気がするし。
 しかし、なにからなにまでわかった状態というのも、やっぱりちょっと面白くない。
 プレゼントは秘密にしているけれど、他にも少しくらい、時間をとらないサプライズを仕込みたい。
 ふと思いついた案があったので、ひとまず頭の中にメモをしておき、お茶のおかわりをしながら、おうちパーティーの案を二人で出して、夜は更けていった。

 そして翌日、仕事の合間の休憩時間にアンジュが調べたのは──いわゆる、ベビードールといわれるもの。
 プライベートのタブレットではあるが、執務室でこれを見るのはなかなか勇気がいる。他に誰も見ていないとしてもだ。
 だが、仕事のあとはヴァージルと合流するので、ここしか使える時間がないのだ。
 色は当然オレンジにして、あとはどんなデザインにするかが悩ましい。
 初回からあまり攻めたものにする度胸はないので、ほどほどのものを探していく。
 謎の技術で即配達されるが、とどいたことをバレても駄目だ。
 さんざん悩んで、見た目だけは長めのキャミソールっぽいものに決めた。
 だが、普通のそれと違うのは、前部分はリボンを解けば全開になるというところだ。
 リボンで留める場所はおへその下まであるので、きちんと閉めればあまり恥ずかしくはない……だろう。
 なにより画面越しだが綺麗なオレンジだし、かわいらしいデザインでもあった。
 購入をタップして、ふうと一息つく。

 これからヴァージルの誕生までの数日は、準備期間ということで、毎晩一緒だ。
 料理の練習をしたり、なにもせず一緒に眠ったり。
 いつもは少し遠慮して日を空けるけれど、免罪符を盾にできるのだ。
 いっそ同居すればと言われているが、それはとりあえず置いておく。
 通うという関係も、これはこれで楽しいからだ。
 それにしても、これではどちらがプレゼントをもらっているかわからないが、誰も損をしていないのでいいことにする。

「……たのしみだなぁ」

 しみじみそう呟いて、午後の仕事も頑張ろうと、伸びをした。


※続きのR18はPixiv掲載になります
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